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143 大内家との会戦前夜

1548年1月 摂津国・芥川山城。


三好長慶は城の広間に家臣を集め、楠予討伐についての軍議を開いた。


松永久秀が現状報告をする。


「六角家以外の諸大名は楠予家討伐の兵を出すと申しております。皆、『偽帝の擁立など許せぬ』と憤っておりますぞ!」


篠原長房が嬉しそうに言う。


「さよう、朝廷も楠予家の翻意を見抜いた殿のご彗眼に感服し、今では朝廷は三好一色でござる」


三好長逸みよしながやすが頷く。

長逸は三好一族の長老敵な立場にあった。


「楠予家が本当に南朝の復興を企んでおるなどと、殿以外の誰が見抜けましょうや。

難癖だと申しておった者は顔色を変えております」


長慶の弟の三好之虎ゆきとら(実休)も同意する。


「しかも皇族の伏見宮家までが楠予家に加担し、京を抜け出し令旨まで出した。帝と公家衆は大層なお怒りのご様子とのことでござる」


松永久秀が身を乗り出す。


「さよう。朝廷は一刻も早く楠予家を討つ事を望まれております。

大内は5万の軍勢を集め、三好軍が伊予に攻め込むのを待っております」


岩成友通も一歩前に進む。


「筒井や別所などの諸将の軍を合わせれば、三好の軍勢は4万を超える大軍勢となります」


岩成友通が眉を寄せる。

「大内が5万ならば当家も5万は欲しい所。ここは六角と和解し1万の兵を出させるべきかと」


三好長慶が首を振る。


「無用じゃ。村上水軍が楠予家に付いておる以上、伊予に大軍で攻め込んでも、陸路だけでは兵站が持たぬ。

此度の狙いは大内と共に楠予に圧をかけ、内と外から切り崩す事。これは小手調べの戦よ」


松永久秀が頷く。

「なるほど。では某は商人を通じ、村上水軍と連絡を取り、こちらへの寝返りを工作したく存じます」


長慶が微笑む。

「うむ、久秀に任せる」

「はっ!」


三好長逸が身を乗り出す。


「某は楠予家の家臣と連絡を取り、寝返り工作を仕掛けたく存ずる」


長慶は頷く。

「ではその役、之虎と長逸の両名に命ずる」

「「はっ!」」


長慶は静かに立った。


「余は3万の軍で讃岐から伊予へ攻め込む。

長逸は1万の兵で阿波から土佐に攻め込め。

ただし、楠予家が四国に多くの兵を配置しておれば、我らは無理に戦う必要はない。楠予軍を足止めし、大内に楠予家の背後を切り崩させる」


岩成友通が不満そうな顔をする。


「殿、それでは大内が得をするだけでござる。楠予家の九州の所領を全て取られまする」


長慶は首を振り、鼻で笑う。


「大内など後でどうとでもなる。いまは楠予家を滅ぼすことに全力を傾けるじゃ。よいな」


長慶が鋭い目つきで言い放つと、皆が一斉に頭を下げる。

「「はっ!」」



ーーーー

伊予・広江港。


冬の冷たい風が海を渡り、巨大な港町の灯火を揺らしていた。


その日――

広江港には夜明け前から人が集まっていた。


「御屋形様が……! 正重様が戻られたぞ!」


九州から帰還した楠予家当主・正重の船団が、村上水軍に護衛されながら港へ入ってきた。


港に集まった民衆は、疲れ切った正重の姿を見ると、自然と道を開け、深く頭を垂れた。


正重は甲冑のまま、源太郎の前に立つ。


「……留守をよく守ってくれたな、源太郎」


源太郎は静かに頷き、現状を伝える。


「父上……既にお聞きでしょうが、京より伏見宮親王を無事にお迎えいたしました。

そして貞敦親王様より、楠予家は朝敵にあらずとの令旨を頂き、即位式の準備も終わっております」


正重は静かに頷いた。

「うむ。大儀である」


その言葉を合図に、池田の町中に太鼓が鳴り響いた。



ーー

翌日。

池田城の大広間には、伊予に残っている重臣たちが勢ぞろいしていた。


最上段には急造ながらも荘厳な玉座が据えられ、そのすぐ脇には正重と楠予家一門が座している。


その下段には譜代重臣、準譜代重臣が並び、さらにその下に、雅良の子・光継、伏見宮家の親王と王子たちが控えていた。


本来ならば親王たちは正重より上座に座るべきである。


だが即位する小倉宮雅良と楠予正重は、次郎の天下統一後の構想を何年も前から聞かされていた。


皇族は神事を司り、国家運営には関わらず、国政の失敗の責任を負わない“安全な場所”に置き、天皇家を未来永劫続かせる――。


将来は楠予家の本家も同じ立場に据える。

国政は重臣と家臣たちの中から有能な者を選んだ内閣と言う組織で運営させる。


楠予家の当主の役割は、内閣のリーダーである総理大臣を承認するのみ。政治の責任は内閣が取るという構想である。


ゆえに雅良は、皇族が中位の席に座ることを認めた。


雅良は、伊予の職人たちが急造した、天皇が即位式などで着用する、最高位の礼装、黄櫨染御袍こうろぜんのごほうをまとい、静かに歩み出た。


西陣織と明国の技術、そして次郎の知識が融合して生まれたその装束は、本来の天皇装束を凌ぐほどの輝きを放っていた。


伏見宮家の貞敦親王が立ち上がり、令旨を読み上げた。


「小倉宮家・雅良は南朝の正統を継ぐ者なり。

ここに雅良を以て、新たなる帝と為すべし」


広間に歓声が走る。


正重が一歩前に出て、深く頭を垂れた。


「雅良様。どうか、南朝の帝として御即位を願い奉る」


雅良法印は静かに頷いた。


「……南朝の血脈は絶えておらぬ。ならば、我が務めを果たす時が来たのであろう」


玉座へと歩み寄り、ゆっくりと腰を下ろす。

その瞬間――広間の空気が震えた。


源太郎が声を張り上げる。


「――新帝、御即位!」


楠予家の武者たちが槍を掲げ、重臣たちが膝をつき、民衆の歓声が城下に響き渡った。


「万歳! 万歳! 万万歳!」


南蛮船が祝砲を上げ、池田の港が光に包まれた。




ーーーーー

1548年1月21日


後醍醐天皇の末裔、小倉宮雅良が天皇に即位した。


南朝が滅びて既に百五十年――

忠臣・楠木正成の子孫が、再び南朝を復活させた。


諸国の大名達は『董卓の如き傍若無人な振る舞い』と楠予家を非難した。


一方、民衆たちは『さすが楠木正成公の末裔、天下を敵に回しても忠義を貫く』と逆の反応を示した。


楠木正成公から楠予正重までの『忠義の物語』は猿楽で取り上げられ、四国、九州の民衆に喜ばれた。



ーーーー

2月 池田城・広間


毛利元就から正重に一通の書状が届けられた。


そこには大内軍5万が4月に九州の楠予領に攻め込むと書かれていた。


書状の後半には楠予討伐に参加する中国地方の大名の名と、おおよその兵力までが記載されており、尼子晴久の名もそこにあった。


玉之江甚八が唸る。


「尼子晴久までもが1万の軍を引いて出て来るとは、よほど諸国の大名は当家を潰したいようだな」


吉田作兵衛が頷く。

「まあ、向こうからしたら朝敵じゃからのう」


甚八が眉を寄せる。

「今は我らが官軍じゃ。朝敵はあ奴らの方よ!」


兵馬が一歩前に出る。


「我らは正義! 御屋形様、大内に目にものを見せてやりましょうぞ!」


正重は頷く。

「うむ。されど此度は大内と三好が互いに連絡を取っての行動、間違いなく三好も動く。我らは東と西を同時に守らねばならん」


孫次郎が頭を下げる。


「御屋形様、壬生殿と少し話たのですが。ここは主力を大内に向かわせるべきかと存じます」


「大内か……」


孫次郎は次郎をチラリと見た。


「はい。壬生殿曰く、大内が九州と中国地方の境目にある下関で楠予家の商品をを積む船に高い通行税をかけておるそうにございます。場合によっては荷止めをするやも知れぬと」


孫次郎は中央の地図を指し示す。


「ここは大内を陸で破った後、一気に逆侵攻をします。

豊前国と下関の周辺を手中に納めれば、九州から瀬戸内の海は完全に楠予家の手に落ちまする」


源太郎が地図を見る。


「確かに……豊前と下関とを支配すれば、西国の海は完全に楠予家の支配する所となるな……。

孫次郎、ならば三好への対処法は既に考えておるのであろうな?」


「はっ。南方の阿波から土佐への道は険しいため、三好軍の主力は瀬戸内の海沿いの経路を通り、伊予の池田を狙うと存じます。ゆえに土佐の守りにさほどの兵は必要ありません」


源太郎は孫次郎の狙いを察した。


「なるほど、では細川に備えて少しずつ改築していた川之江城に兵を入れて、三好家の主力を迎え討つのだな」


伊予と讃岐の国境にある川之江城は、海と山が極端に狭まった要衝の地にある。

そしてここを通らずに、讃岐から伊予に大軍を送る事は出来なかった。


大改築を施された川之江城の城郭は、西側の海を大胆に埋め立て、東からの侵攻を迎え討つ事に特化した要塞となっていた。


孫次郎が地図を指し示す。


「川之江城は海に面し、村上水軍から何時でも物資の補給が可能です。ロングボウ隊を含む4000の兵を入れれば落ちる事はありません」


玄馬が孫次郎を見た。

「たった4000で大丈夫なのか?」


「はい。川之江城は容易く落ちる城ではありませぬ。それに今回の三好の狙いは楠予家を揺さぶり、家臣を寝返らせる事と存じます」


楠河が頷く。

「確かに三好からは頻繁に、朝敵となった楠予家から三好に寝返れ、との書状が来ておりますな」


次郎が驚く。

「え? そうなのですか? 俺の所には来てないですが?」


玄馬が苦笑する。

「次郎は南朝の復興を企てた張本人だ。寝返られても、三好は扱いに困るだろう」


(そうだった! 俺、いつの間にか南朝復興の主導者にされてたんだ!)


作兵衛が笑う。

「楠予家から裏切り者が出ると思っている、三好長慶は愚か者じゃな」


玄馬が静かに言う。


「あとは兵力の配分をどうするかだ。大保木殿、現在の状況は?」


「現在の総兵力は8万5千。

配置状況は各地の守備兵が1万5千。豊後と池田にて訓練中の新兵が合わせて1万。

あとは肥後に1万5千、豊後に4万5千」


「うむ……」

正重は暫し考える。


「ならば肥後の兵7千を移動させる。

5千は土佐へ、残り2千は川之江城へ入れる。さすれば川之江の兵は4千になろう」


源太郎が頷く。

「なるほど。では指揮官はいかがしますか」


「土佐の総指揮官は長宗我部国親、副将は安芸国虎とする」


源太郎が頷く。

「されば至急、豊後より呼び戻しましょう」

「問題は川之江城の守備じゃ。誰に守らせるかじゃ……」


孫次郎が進み出る。


「守備は福田頼綱がよろしいかと存じます。

重要な役目ですが、僅か4000を率いての籠城戦。準譜代家臣以上の方が出られる必要はないかと存じます」


「うむ、ならば川之江城の指揮官は福田頼綱としよう」

「はっ!」


正重が地図を指し示す。


「大内軍へは新兵を含め、豊後の兵5万で出陣いたす」


玄馬が輸送奉行の玉之江甚輔を見る。


「……あとは食料の手配だな」


甚輔は玉之江甚八の次男である。

武勇に優れた父に似ず内政に長けているため、統治部に所属し、輸送奉行と言う楠予領の流通を支配する重要な職務を任されていた。


玄馬の言葉を受け、

玉之江甚輔が静かに進み出た。


「御屋形様。輸送奉行の配下の者たちの動員の準備は整っております」


兵站は戦の要である。

楠予家の規模になると、輸送と兵站の確保に多くの兵を割かなくてはならない。


ゆえに次郎は輸送奉行を拡大し、戦争時における食料物資の運搬をさせる事にした。


現在の所属人数は5万人。


普段は荷を運ぶ他に、道を作り、水路工事をし、橋を架け、城を建てるなどの工事をさせている者たちだ。彼らの半分以上は臨時の場合に抜けてもよい仕事を請け負っていた。


正重が頷く。


「輸送奉行から戦に出すのは2万ほどでよい。残りは作業を継続させよ、特に国内の物流を止めてはならん」


甚輔が深く頭を下げる。


「はっ。戦時に抜けても支障のない者たちを、すでに名簿から選別しております」


楠予家の強さは、兵の数だけではない。


5万の輸送部隊――それは国を巡る“血流”そのものであった。


城下に米を運び、市場に物を満たし、港に荷を集め、道を整え、水路を掘り、橋を架け、城を築く。彼らが動けば国は生き、止まれば国は死ぬ。


楠予領を隅々まで巡る血管のように、輸送奉行の者たちは、国の生命を保つ役目を担っていた。


対して大内軍五万と言えど、そのうち一万強は荷駄隊とその護衛に過ぎない。


戦のたびに農民を徴して作る“仮の血管”であり、楠予家のように平時から国を動かす常設の組織ではない。


兵の質も、装備も、仕組みも、そして“国を動かす力”までも――両者は戦う前から、まるで土俵が違っていた。


正重が静かに言った。

「大内を破り、豊前に侵攻する。皆の者よいな」


「「ははっ!」」


2ヶ月後。

大友と三好は示し合わせた通り、同じ日に軍を動かした。


ーー

※余談

楠予家が朝敵になった直後。


九州では所領を奪われた後、楠予家への士官を断り、浪人になった旧豪族たちが挙兵し反乱を起こした。


だが彼らの元に集まった旧家臣はほとんどおらず、多くは民から通報されて捕縛されたり、殺されたりした。


特に酷かったのが、楠予家の支配下になったばかりの肥後だった。

そこでは数千人規模の反乱が2度も続いた。しかし1万5千の兵がいたため、数日で鎮圧されている。


しかし、正重はこの事態を己の不徳として肥後の民に詫び、肥後の民には3年間の無税を言い渡した。

そのため肥後の民の多くは楠予家に心服し、忠誠を誓った。


※楠予家では主要な収入は年貢の米では無い。

肥後の市場が安定して回る方がよほど年貢よりも利益が上がる。その性質を利用した政策だった


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