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142 『大内』と『毛利』の動向。

1548年1月 大内義隆


周防・大内館は久方ぶりの活気に包まれていた。


楠予家が朝敵となり、筑後侵攻を断念して退却したとの報せがもたらされたからである。


さらに龍造寺家をはじめとする北九州勢が、相次いで「楠予家討伐に参陣したい」と申し入れてきていた。


家中では、「いよいよ風向きが大内に傾いて来た」という安堵と高揚が広がっていた。


あとは義隆が楠予家討伐の号令をいつ発するかだった。

そのため大内館の広間に重臣たちが集まり、楠予家討伐についての評議が開かれていた。


相良武任がにこやかに笑う。


「御屋形様、三好長慶殿は並みの方ではございませぬな。

将軍すらも意のままに操り、朝廷をも動かす。いまや楠予家は朝敵、我らは官軍にございます」


大内義隆が頷く。

「うむ。三好長慶殿、実に見事な策であった」


内藤興盛も同意する。


「まさか幕府の敵ではなく、朝廷の敵にするとは思いもよりませんでした。楠予正重も度肝を抜かれておりましょう。今頃、楠予家の家臣たちは離反する相談をしておりましょうぞ」


陶隆房が膝を進め、声を張った。


「御屋形様! 今こそ楠予家を討つとき、この機を逃してはなりませぬ!」


大広間の空気が一気に熱を帯びる。

だが義隆は扇を軽く閉じ、静かに首を振った。


「急ぐ事はない。三好軍の動きと合わせて楠予家を叩く。……問題は尼子の動きである」


相良が進み出る。

「御屋形様、九州全土を手に入れる機会を逃してはなりませぬ。ここは三好殿に頼み、朝廷を動かし尼子と正式な和議を結んではいかがでしょう。幕府の命なら尼子は無視いたしましょうが、朝廷の命とあらば逆らえませぬ」


隆房が笑う。

「相良殿にしてはまともな事を申す。じゃが――この隆房も同意じゃ。尼子など九州を平定すれば容易く倒せる相手よ。楠予家の領土を九州は大内、四国は三好で分けるのじゃ」


内藤興盛が唸る。

「そう上手く参りましょうか。楠予家の九州の所領は今や5カ国。対して四国は2カ国しかございませぬ。三好殿が納得されますまい」


隆房が身を乗り出す。

「先に豊後を落とせばよいだけの話よ。さすれば三好殿は九州への足場が無くなる。無理に大内と敵対しようとは思わぬであろう。それに豊後を落とせば、楠予家も四国と九州の連携が上手く取れなくなり、一石二鳥じゃ」


――その時、弘中隆兼が駆け込んで来た。


「申し上げます! さる3日前、楠予家が南朝の復興を宣言したそうにございます!」


広間は一瞬の静寂に包まれた。


誰もがぽかんと口を開け、

まるで悪い冗談でも聞かされたかのような顔をする。

誰一人その言葉の意味をすぐには呑み込めなかった。


「……なんちょう?」

陶晴賢が眉を寄せる。


弘中隆兼が片膝を床につけ頭を下げる。


「はっ! 楠予家は後醍醐天皇の末裔を担ぎ上げ、伊予にて即位の儀を行い、新たな帝を立てるとの事にございます!」


陶晴賢が高笑いする。


「愚かな奴らよ。

どこの馬の骨とも知らぬ者が南朝の末裔など、誰が信じるか。楠予正重⋯⋯さては、朝敵となった事で気が触れおったわ!」


広間に諸将の笑いが広がった。


「まさに陶殿の申される通りじゃ」

「そうじゃそうじゃ」

「気狂いとは哀れな」


相良武任が頷く。

「これで楠予家は、家臣だけでなく民からも見放されましょう」


相良は義隆の方を向き頭を下げる。


「御屋形様、三好軍を待つ必要などございませぬ、今すぐご出陣を!」


弘中隆兼が身を乗り出す。


「お待ち下され! まだご報告があります!」


皆の視線の集まる中で弘中は続ける。


「楠予正重は皇族の伏見宮家より令旨を賜ったと公言しておるとの事。かの足利尊氏公も後醍醐天皇の綸旨を上皇の院宣により不当であるとし、新帝を立てた。自分も同じ事をするのだと!!」


義隆が眉間に皺を寄せる。


「……相良、そのような事が可能なのか?」


相良は自分の知る歴史と照らし合わせて考える。

本来はあり得ない。

だが、可能性はある。

ヒヤリと背に汗が滲んだ。


「い、いえ本来なら不可能にござる。楠予家が京を支配しておれば可能かも知れませぬが……。そもそも三種の神器が無いのです」


陶隆房がニヤリと笑い、

立ち上がる。


「御屋形様! それこそが義帝の証にござる! 逆賊を討たねば、帝に顔向けが出来ませぬ!!」


弘中隆兼が唸る。


「隆房殿、楠予家は南北朝の統一を大義名分にしております。皇太子となる小倉宮家光継の正室は北朝の伏見宮家の姫で、その子・長寿丸がやがて帝位を継ぐのだと」


「なに……!?」


隆房は目を細め弘中を見た。


冷泉隆豊が顎に手を当て考える。

「……これは」


隆豊は義隆の方に膝を向ける。


「……御屋形様、楠予家が伏見宮から二度に渡り、皇室の姫を降嫁させた話は有名でございます。南北朝の血が一つに成る事は、民たちには分かり易い大義名分になるかと」


内藤興盛が身を乗り出す。


「では民たちは楠予家を支持すると!?」


冷泉隆豊は視線を横に流した。


「はい。京に近い民は偽帝だと、申すでしょう。しかし西国の民たちにとっては伊予の方が近く……。それほどの抵抗はないかと⋯⋯」


その言葉を聞いた瞬間、陶隆房が畳を踏み鳴らすように一歩前へ出た。


「戯れ言を申すなッ!」


陶の怒りに広間の空気が震える。


「逆賊は逆賊じゃ! 愚かな民を惑わすとは許さん!! 楠予正重、もはや討つ以外に道は無い!」


「陶殿の申される通りじゃ」

「わしもそう思う」

「楠予討つべし!」


相良武任が膝を叩き、満足げにニヤリと笑った。


「御屋形様、ご懸念には及びませぬ。民の思いなど些事にござる。肝要なのは大名衆の目にどう映るかでござる」


相良は自信満々に語る。


「楠予家が自分で帝を立てる愚行に出た以上、誰も楠予家の味方など致しませぬ。諸国の大名は皆、大内家の旗にこぞって駆けつけましょうぞ」


義隆が頷く。


「分かった。

皆の者、三好が楠予家に攻め入れば、直ちに動く。出陣の準備を致せ」


「「ははあ!!」」


重臣たちが一斉に頭を下げ、

大内家は、豊後への出陣することになった。


大名衆は朝敵となった楠予家を討ち、大内家に恩を売ろうと、競うように参陣を申し出た。


さらには尼子晴久までもが「官軍として働く」と大内に使者を送り、出陣の意を示したのである。


1548年。

豊前の地に、大内軍2万5千、九州勢1万、尼子軍1万5千が続々と集結し、その軍勢は5万に達することになる。



ーーーーーー


安芸・郡山城


毛利家の家中は揺れていた。


正重からは大内家が宿敵の大友家を急に家臣にしたため、戦わざるを得なくなったとの詫び状が届いた。


だがその直後――楠予家が朝敵となったと言う報せは、そのレベルを遥かに上回っていた。


そして大内義隆からは楠予攻めに参加するようにと、命令が届いたのだ。


城の広間には毛利家の重臣20名が集まっていた。

当主の席には2年前、24歳で家督を継いだ毛利隆元が座り、その隣に元就が座していた。


隆元が元就の顔色を窺う。

「大殿、大内家からの出陣要請、如何なさいますか?」


元就はしばし沈黙した。

広間に集う二十名の重臣たちが、息を呑んでその答えを待つ。


やがて元就は静かに口を開いた。

「……容易には決められぬ。まずは皆の意見を聞きたい」


井上元兼が口火を切った。


「何も迷う事はござらん、我らは長年大内側に属して来たのじゃ。今さら尼子には降れん。まして楠予家は朝敵、論外じゃ」


毛利隆元が元兼を睨む。


「楠予家は姉の嫁ぎ先、婚姻同盟を結んであるのだ。容易く敵対は出来ぬ」


桂元澄が頷く。

「さよう。それに楠予家は瞬く間に大勢力となった武勇に優れた家。大内家が負けぬとも限らぬ」


井上元兼が声を荒げた。


「ならば大内家に敵対すると言うのか! 大内家の後ろ盾を失えば、吉川興経殿が、元春殿を養子にした事を反故にするやも知れませぬぞ!」


元春はゆっくりと立ち上がった。

若武者らしい鋭い眼光が、井上元兼を真っ直ぐに射抜く。


「……井上殿。大内が負ければ、興経殿は養子を反故にせぬと思われるか?」


声は低いが、怒気を含んでいた。

井上元兼は元春を睨み返し、広間に一触即発の雰囲気が広がった。


――その時。

ひとりの老人が広間に入って来た。


「大殿。お待たせ致した、志道広良ただいま戻り申した」


元就は笑顔で志道を迎え入れる。


「志道すまぬのう。幸と孫たちの様子はどうであった?」


「はっ、皆さまご健勝にございます」


志道は笑顔で応えた後、真顔になった。


「幸様は毛利家に戻られる事、お断わりになられました。幸様から大殿への書状を預かって参り申した」


元就は広良から書状を受け取ると、目を通した。


「……志道。幸は楠予家が、足利尊氏を習い伏見宮家の令旨を頂き、新たな帝を擁するとある。これは事実か?」


「はっ。真にございます」


井上元兼が口を曲げて笑う。


「だからどうしたのじゃ。頭がおかしくなったのであろう。楠予家は終いじゃ、大内と幕府だけでなく、朝廷までも完全に敵に回したのじゃ。皆もそう思うであろう?」


児玉就忠が頷く。


「殿、大殿。元兼殿の申す通りにございます。帝を勝手に立てるなど、諸国の大名が許しますまい」


元就は書状を皆に見せる。


「この書状には大内と三好が同時に攻め込んでも、楠予家はビクともせぬ。敵に回れば毛利が滅ぼされると書いてある」


井上元兼は鼻を鳴らす。


「大殿。それは幸殿が婚家を贔屓にしておるだけのことにござる。朝敵となって、大内と幕府に攻められて滅びぬ家など、この世にある筈がございますまい」


元就は元兼を一度見たあと志道を見た。


「志道の目には楠予家はいかが映った? 幸の申す事は偽りと見るか?」


志道が深く頭を下げる。


「大殿。幸様の申されること――決して誇張ではございませぬ」


広間に動揺が走った。


志道は続ける。


「領内の民は楠予家が朝敵になった事など、気にも留めておりませぬ。いつ新たな帝が立つのかと、その話で持ちきりにござる。楠予家が負ける事など微塵も考えておりませぬ」


井上元兼が怒り顔で立ち上がった。


「それは伊予の民が愚かなだけじゃ! 世間知らずにもほどがあるわ!」


志道は首を振る。


「井上殿。池田が堺よりも遥かに繁栄しているとの噂、まことにござった。堺と博多を足しても池田の繁栄には遠く及びますまい」


「う、嘘じゃ! そんな筈はない、志道殿は楠予家に賄賂でも貰ったのであろう!」


隆元が止める。


「止めよ元兼。

⋯⋯されど志道、元兼でなくともそのような話はにわかには信じられぬ。真なのか?」


志道は笑う。

「それがしも未だに信じられませぬ。7年前に初めて池田を訪れた折は、堺や博多には及ばぬまでも、勢いのある町だと思い申した。されど今は南蛮の船、明国の船がひしめき、町の果ては見えぬほど広がってござる」


元就は真剣な顔で聞く。

「ならば志道、兵の方はどうじゃ?」


志道は自信満々に言う。


「大内では勝てませぬ。壬生殿のご厚意で、兵の訓練の場を拝見させて頂いたのでござるが、兵の鍛え方、陣のあり様がまるで違うのでござる」


志道は真剣に言う。


「楠予家の兵たちの動きと規律、そしてこれまでの戦の結果をみるに――間違いなく強いと存ずる」


井上元兼の怒号が飛ぶ。

「ならば楠予に付くと申すか! 朝敵なんぞに味方すれば、安芸の国人衆が皆敵に回るぞ!」


広間に沈黙が流れる。

重臣ちは井上元兼の言が正しいと思った。


毛利元就が静かに言う。


「隆元、大内か楠予……どちらに味方するか選ぶのじゃ」


隆元は難しい顔をする。


「某には選べませぬ。大内家は主君。それに尼子から救って頂いた恩もござる。一方、楠予家にも母上の命を救って頂いた恩がござる。それに姉上と甥たちもおります……」


元就は隆元の目をジッと見つめ、静かに言う。


「隆元、そなたは当主じゃ。それでも決めねばならぬ」


隆元は唇を噛み、しばし考える。

そして元就の目を見て言う。


「……大内家に付きます。主家と帝を裏切る訳には参りませぬ」


元就は満足気に頷いた。


「隆元、立派になったのう。わしは嬉しい」


隆元の胸に父に認められた喜びが沸いた。

「⋯⋯父上」


元就は静かに立ちあがり、重臣たちの顔を見ながら言う。


「これよりは隆元は大内、わしは楠予に味方する!」


隆元は目を大きく見開いた。


「ち、父上!」


元就は隆元の方を向き告げる。


「隆元、楠予は勝っても大内家の側に付いた毛利の者を討ちはせぬ。なれど大内が勝てば、確実に毛利家中で敵となった者を殺すであろう」


隆元は父の言葉に血の気が引く。


「父上……!

されどそれでは毛利は二つに割れてしまいまする⋯⋯」


志道が朗らかに笑う。


「懐かしゅうございますな。

元就様の父君も幕府に付くか大内に付くかで揺れ、父と子で家中を二手に分けてお家を守りました」


元就は頷く。


「隆元よ……これは家を守るためなのじゃ。決してそなたを見捨てての事ではないぞ」


隆元は唇を噛んだ。

「……分かっております。なれど……」


元春が笑う。


「兄上、ご心配めさるな! この元春も兄上とともに大内に付きます! 父上には隆景が付けばよい!」


隆元は眉を寄せる。


「元春、勝手を申すな! 隆景はすでに小早川の人間じゃ。小早川には小早川の都合があるのだ!」


元春は素直に頭を下げる。


「……はっ。これは失礼いたした!」


かくして毛利家中は二つに割れる事になった。


この後、元就と吉川元春は楠予側に付き、隆元と小早川隆景は大内側として敵対することになる。



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