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手に手を重ねて 19

「なぁ、頼むわぁ。ほんまゴメンやけど」

その後に「必ず返すから」という言葉を付けてもらいたい。

だがメガネはそれを言わない。

「このままじゃ生き埋めにされてまうんや。俺、死んでまうやんけ…」

こないだはバラバラにされる言うとったはずじゃが…。

カクゲンに相談したいが、多分やはり何も答えてはくれないだろう。

もうこの関係がどれだけ続いているか。

カクゲンが喋らなくなってしまったのも、全て自分の責任。

……ワシはいつも間違える。

ワシはいつも間違うんじゃ。

いや、間違うほどの知識もない。

比べる相手がおらん?

人のせいにするんじゃないわ。

ワシはいつだって、間違うとるんじゃ……。


アオは静かに立ち上がる。

カクゲンとメガネを置き、1人で向かう先はテント。

その中の、あの缶の前。

カパリと蓋を開けると、そこには2体の○ン○○が札の上に寝転がってこちらを見上げていた。

「………」

お金、目薬、カクゲンが大事にしている半透明の丸い石、そして○ン○○。

……カクゲンのモンばっかりじゃのぅ。

ワシのモンは、この○ン○○一つだけ。

アオはそこから2万円を手に取り、またベンチへと戻る。

「……これ、ほんまにこれで最後なんじゃ。ワシの金はもうないけぇ」

前回も前々回も、そして今も、メガネの目の色が違うものに変わるこの瞬間。

「、お……ほんま……マジで。悪ィな」

メガネはアオの突き出した2枚の紙幣をバッと掴み取り、ポケットに押し込んだ。

そして今日も、

「また来るからよ!」

挨拶もそこそこにそれだけを言い残し、公園を出て行った。

「………」

この場所にも、世間様と平等に、同じように夜はやってくる。

帳は都合の悪いものを隠すように、都合良く下りてくる。

……メガネの姿は、もう見えない。


今日のは何色だった?

種類は何だった?

事前に気付くことができないから、事が起きて初めてそれを知る。

いつもそう。

ふと気が付いて隣を見ると、広げられていたパックなどの空容器や箸などは既に袋に詰められ、後片付けは終わってしまっていた。

「……あ……スマンの。一人でやらせてしもうて」

「………」

カクゲンがこくりと頷く。

赤いものを青と表するほどの間違いをするほど、ワシは狂うちゃおらん。

信号の青は、ありゃあ緑じゃないんか?

またワシが間違うとるんか?

この日、フリーマーケットで売り上げたお金は3千と800円。

まあまあの出来だった。

16200円の価値について、アオは思う。

あの金とこの金を足し算や引き算してエエもんなんかの?

……この公園はあともう少しで無くなってしまう。



人間に必ずあるもんらしいんじゃ、プライドっちゅーのはの。

尾崎のおっさんは、

「プライド?そがいなもんあったら、こんなトコで生きてけんやろ」

リーマンのおっさんは、

「いつまで持っとったかなぁ。俺は今、何番目におるとかな。いや、そう言われたらそんなもん持っとったことあるかなぁ…?」

グループの違う奴にも聞いたんじゃ。

「ない。そんなもんあるわけないやろ」

カミじいには聞くことができんかったのぅ…。

ワシは恐らく、ワシらは持っとる。

生きるためにの。

まず最初に、追い掛けてくるモンなんぞおらんかったのに、死ぬ思いで逃げたじゃろ?

プライドがあったけぇじゃ。

追い掛けてなんぞ来やせんのに。

ほいで次が、大人の楽しみものになるのを拒んで、こっちが噛みついてやった。

窮鼠猫を噛むとでも言えばええんかのぅ?

辞書に書いてあったわ。

で、逃げるついでに奪うてやった。

これはプライドが助けたんじゃ。

次は帰る家がちゃんとある、家には母ちゃんがおる、……そういえば、ワシらに父ちゃんがおるかどうかっちゅー話はしたことがなかったのぅ。

お前んトコにもおらんかったけぇワシらも話さんかったのぅ、父ちゃんについては。

あの後、またワシらは逃げたんじゃ。

これもプライド。

……プライド?

お前がワシらに父親のことを聞かんかったんは、ひょっとしてお前のプライドだったんじゃないんか?

違うんかのぅ?

今更ワシには分からんのぅ……。



6月8日


朝ゴミ集めの仕事を済ませてから、少しテントで二度寝をすると、いつものようにもうやることがなくなってしまった。

外で動くものを見ている方が暇も紛れるだろうと表に出ると、普段は別グループが使っているコンクリート製のベンチとテーブルが空いているのを見つけた。

2人はテーブルに腰を掛け、ベンチに足を乗せて呆け呆けと辺りを眺めている。

公園はいつもと同じ。

いつもと同じ住人、いつもと同じ空気と時間。

「暇じゃのぅ」

そんな言葉も思い付かないほど、ここ数日考え事ばかりをしているのは自分だけのように見えた。

……えーっと……1、2、3、……4、5……

メガネの顔を想像し、日にちを数えてみる。

10日を目安に、あの時はあれから何日後だった、あれは何日後で……そんな計算を、事ある毎にしているのだ。

信用の種類について、天気と判断力の関係性についてもその色についても考えてみた。

寄り道をしながら、広がり、狭め、そもそものあのお金の出どころ、巡ってきた経緯、友達との信頼関係とそれが生まれる場所と……いくら並べて考えてみても自分には導き出すことのできない答えを探して、迷走している。

耳を上に引っ張ってみた。

穴に両方の人差し指を突っ込み、片方を外して、また突っ込み、


『―――― シュワシュワって音がするでしょ?』


再び耳を引っ張って、何度も何度もそれを繰り返す。

そうしながらまた、1、2、3……

その時不意に、隣のカクゲンの腹から「グウウウッ」という音が聞こえてきた。

瞬間アオはハッとして、耳から両手を離す。

……カクゲンの存在をすっかり忘れて、物思いに耽り過ぎていた。

「おー、何じゃ。久し振りに喋ったのぅ。グーッてか。ヘヘヘヘッ!腹減ったのぅ。ちょっと早いが、昼メシにするか?」

それに、カクゲンがこくりと頷く。

2人はぴょんッとテーブルから飛び降り、テントへ向かって歩き出した。

途中アオは足を止め、公園を見回してみる。

隣から抜け出したカクゲンが先を行くのに構わず、その場に立ち止まって。

ここ最近は晴れの日が続いていた。

今日も雲は多いが陽は射しており、気温も上がって暖かい。

住人たちはベンチに寝転がったり、洗濯物を干したり、お湯を沸かしたり……見慣れた、当然の生活をしている。

「………」

今更なのだが、この公園はやけに広い。

そして広大なその土地を、住人が占拠してしまっている。

砂場、ブランコ、滑り台……

あれは何ていうんじゃったかのぅ……あ、そうじゃ、ジャングルジムじゃ。

住人が棲みついてしまっているため、一般の人が入って来ないこの公園。

あのブランコも、風で揺れているのしか見たことがない。

本来の、本来活躍・活用されるべきものが、何の役にも立っていない。

ここの水道代は?

水飲み場を見てみた。

誰が払っているというのだろう。

機能しとらんのぅ。

そらぁ、国・県・市も違う形で役立てようとするわい。

こんなに広いんじゃけぇ。

ボーッとしてそんなことを考えていると、腕をとんとんと叩かれた。

驚いて顔を上げると、正面にカクゲンが立っている。

「…お、おう…悪ィ悪ィ」

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