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手に手を重ねて 20

アオが歩き出そうとした時、いつの間に持っていたのか、カクゲンがビニール袋を差し出してきた。

「…何じゃ?」

中を覗いてみると、弁当が入っている。

そこから漂ってくる、いい匂い。

透明な蓋から見えるこれは……

「ありゃ!?お前、これどうしたんじゃ!?これお前、うなぎってヤツじゃないんか!?」

食べたことも、本物を目にしたこともない。

以前、ごはん屋の店先のケースの中に飾られているのを見たことがあった。

やけに高いから、一生食べることなどないと思っていたものだ。

アオの問いにカクゲンは振り返り、後ろを指差すことで答えた。

見ると、その先にウマじいの姿。

ゆっくりとこちらに歩いて来る。

「おーおーおー、久し振りやのぅ。3日ぶりか。何か久しいやんけ」

ウマじいがまた関西弁を喋っている。

黒塗りの大きな車に乗って去って行ったウマじいを思い出した。

あの時言った言葉は思い出さない。

「この間ごはんご馳走になったからなぁ、お礼せなアカンなー思うてな。今日はワシが昼用意してきたっちゅーワケや」

「マジか!ウマじい、これうなぎっていうヤツじゃないんか?」

「おう、よう知っとるやないか。そうや、うなぎや。土用の丑の日にゃまだ大分早いんやけどな」

土用の丑の日…?

何のことかよく分からないが、袋の中から漂ってくる匂いに、聞き返す手間も惜しんでしまう。

グウウゥッ…!

アオの腹も盛大に鳴き始めた。

3人は揃ってまた先ほどのテーブルへと戻る。

「このベンチは、あー…あれじゃけど、面倒じゃけぇエエじゃろう。ここで食おう」

少しの間くらいなら、別グル―プも何かを言ってくることはないだろう。

「あ、お茶も付いとるじゃんか!」

テーブルに弁当を並べ、蓋を開けると、ふわふわと更に濃い匂いが直撃してきた。

「ウマじい、これほんまにエエんか?うなぎって高いじゃんか」

「おう。1個1000円や」

「え!!せ、1000円!?」

「おう。後で300円ずつ払うてくれェ。700円はワシが出したるよ」

「「………」」

ウマじいが細い目でニヤリと笑う。

期待しすぎて、ちょっとがっかりした。

「……何じゃ、タダでくれるんじゃないんか。300円ありゃ、量的にもうちょっと多いモンを買えるんじゃが……」

ブツブツ言ってみた。

……が、その匂いに負けた。

「……分かった。後で払うけぇ。ウマじい、ありがとう」

お礼を言ったアオの隣で、カクゲンもペコリとお辞儀する。

「ホッホッホッ!エエよエエよ」

その言葉を合図に、2人は同時にがっついた。

初めて食べるうなぎは美味しいのかどうなのか、よく分からない。

匂いを発さない模型から想像していた味よりも甘くて、やけに小骨が多い魚だ。

しかし箸を進めるスピードが落ちる理由にはならない。

2人があっという間に食べ終えた時、ウマじいはまだ3分の1しか食べていなかった。

「ハーッ!美味かった!ご馳走さん!ウマじい、ありがとう」

アオはポケットから100円玉2枚と50円玉2枚を取り出し、ウマじいの目の前に置いた。

カクゲンも100円玉を3枚置く。

これが高いのか安いのか判断しかねるが、物珍しい、しかも一生食べることなどないと思っていたものを口にできたのだから、幸運だったことには違いない。

嬉しい納得をし、アオが目を上げると、ウマじいがこちらをじーっと見つめている。

「………」

「え、何?300円でエエんじゃろ?」

あの細い目で凝視されると、何か企まれているような気がして落ち着かない。

「……なぁ、デッカイの」

「うん?」

「お前、よう見たらエエ体しとるなぁ。ちょっとワシに体見せてくれへんか?」

「ええ!?体見せぇって、裸になれっちゅーことか!?」

「……おう、そうやな、それがエエな」

「いや、裸になるんは……」

「……700円……」

細い目にドキッとする。

「……あー、分かった!」

アオは立ち上がり、着ていたトレーナーを潔く脱ぎ捨てた。

続けて、履いていたズボンを脱ごうとした時、

「…いや、下はエエ」

「…あ、そう…」

早く言ってほしい。

ウマじいには背中を向けていたが、お尻が半分出てしまった。

ウマじいはテーブルを横切って近づいてくると、アオの体をしげしげと見つめた。

腕をぐっぐっと押して触り、

「お前、スゴイな…!ロクなもん食うてへんやろうに、ようここまで仕上がっとるな」

トレーニングは1日も欠かすことなく続けている。

「あー、…まぁ、子供の頃から鍛えとるけぇ」

「そうか。それにしてもスゴイ」

感心したように、ウマじいが肩の線に触れる。

そこでカクゲンがおもむろに立ち上がり、ウマじいの肩をトントンと叩いた。

「ん?」

そこから20メートルほど離れたところに落ちていた空き缶を指差したカクゲン。

「ん?…あー、空き缶落ちてるなぁ」

「………」

足元に転がっていた小石一つ。

それを拾い上げ、真上に、山なりに、大きく投げ……、

カクゲンの放ったその小石は、アオとウマじいが追う先で大きく弧を描き、空き缶にカコンと当たった。

もう一度カクゲンが石を拾い、同じように投げる。

それは高く丸く飛んで行き、また空き缶にカツンと当たった。

そして、もう一度。

「お~!マルもスゴイやんけ!絶対距離感っていうたらエエんか?お前もスゴイな!お前の場合、片目がないのにスゴイ特技やないか」

「「………」」

ウマじいが何故、前髪で常に隠しているカクゲンの目のことを知っているのか。

しかし、アオはもうウマじいに関して何かを不思議に感じることが無くなり始めていた。

「……拘りなんじゃ」

「ん?」

「この先、役に立つかもしれん。ワシらの拘りなんじゃ。子供の頃から、そうしてきたんじゃ」

「……そうか」

無駄かもしれないと思ったことはない。

18になればと思い、大人になればと思い、いつかと思って続けてきた。

階段の手すりや地下室や四角い石や、それらを思い出すのと同時に、ケースの中の食品サンプルが頭を過ぎった。

確かうなぎの隣に、スタミナがどうとか書かれていたような気がする。

土用の丑の日についてはよく分からないが、やはり食べるもので体の作りが変わって来るのだ。

畑水練などではない。

田畑だろうが畳の上だろうが雲の中だろうが、資本がなければ泳ぎもままならない。

ウマじいの言葉で確信になった。

「おい、お前ら」

「うん?」

「今日、この後は?」

「いや、今日は暇なんじゃ」

「そうか。……うなぎ食ったら、甘いもんでも食べに行こう」

「え!?…あ、おう」

ポケットに手を突っ込み、小銭の数を数えてみる。

「今日ワシ、お前らんトコへ泊めてもらうかもしれんなぁ」

「ええ!?何で!?あがいな立派なところに住んどるのに!?」

「ホホッ!何やお前、ワシがあのホテルで暮らしとるっちゅーのは信じてくれるんか。……貸したお金はちょっとでも返って来たか?」

「………」

ウマじいの言うことは全て本当のことで、ウマじいの言ったことは全て本当になる。

確信めいて、そんな気がしていた。

それでもアオの希望的観測は、『あの金が返って来なかったらどうしよう』ではなく、『困る』でもなく、『返って来ないなんてのはあり得ない』

そう叫ぶ。

誰にどう向けられた、どんな形のプライドかは理解しかねるが、

あれはワシの取り分だのの前に、カクゲンの金じゃ…!

「……ま、エエけどな」

ウマじいはそう言うと、まだ半分残っていた弁当をアオに差し出した。

「ちょっとワシには多かったな。お前ら食べるか?」

アオはそれを受け取ると、箸で半分に割って片方をカクゲンの空になった器に移す。

そうして残りを口に放り込んだ。


……多分、青くていい。

出来れば森森と、そうしていたいのだ。

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