手に手を重ねて 1
おばちゃんが言っていた。
「子供の頃は見るもの全てが新しくて、珍しくて、1年がとっても長く感じるけど、大人になると毎日が同じでね。見慣れたことばかりだから、1年があっという間なのよ」
あれから過ごしたこの2年は、しかしやけに長かった気がする。
見知らぬもので層を作りながら、成長というよりは老成。吸収というよりは摩耗。
どちらかと言えば梳られて細い目に絡まった、その一方。
それでも、口ずさむものはなるべく明るくと。
生者として、必滅する者として、擦れた命で日々を堪能している。
そして、願っている。
自分たちにもそこそこの将来が待っていることを。
そこそこ……その将来とは、生きているということ。
人様に見せれはせねど、生きているという事実。
それが欲しい。
そして、まだ自分たちにこれといった目的はない。
3月6日 午前5時半
アオ14歳。
カクゲン16歳。
「おい、何かエエのあったか?」
「………」
2人が屈み込んで作業をしているのは、ゴミ置き場。
「何じゃ、おもちゃか?鉄の重いヤツはエエ値になるで」
「………」
「あれ、腕が外れてしもうてないのぅ。まぁそれでも売れるんは売れるわい」
封じ手としていた拾う行為や、それを口にする生き方は今、自分たちの中で正当化されていた。
諦めた、とでも言う方が世間向きなのだろう。
風樹の嘆はいつかきっと、と胸に言い聞かせ、取り合えずは仕舞い込んでいる。
やまず待たずの虜にはならない、と。
思い出が大きすぎて、窃盗などは気が引けるようになった。
綺麗事とも言わないモラルは、自ら握っていたもの。
それから、
……あの2人はあの地で生きているから。
あの2人は自分たちも知る、人に見せられる生き方をしているから。
「おーい!アオ!カク!メシできたぞ!!」
「おう!」
アオが大声で応える。
「………」
カクゲンも呼応するように、ひっそりと顔を上げる。
2人が今、住まいとしているのは公園の一角。
随分と歩いて移動したし、随分と離れてしもうたが、忘れちゃおらんけぇのぅ。
「……またおじやか?」
「当たり前やんけ!米は膨らませるだけ膨らまして食うもんや!」
「マジか…」
国が管理する土地に身を寄せ、蔓延り、幅を利かせる自分たち。
2人を呼びに来た彼はみんなから『メガネ』と呼ばれており、アオよりも2歳年上。
カクゲンと同い年。
目が大変に悪く、人と話す時は顔をうんと近付けて話す。
瓶底のような眼鏡を掛けてはいるが、片方のレンズはない。
「エエもん落ちとったか?」
「う~ん、まあまあかな」
人が不必要として廃棄した物を再利用する。
その辺に落ちている空き缶すらお金になる。
そんな世の中を知った。
揃って公園に戻ると、長いベンチの上にいつもの食事が出来上がっていた。
「おー!ニイニイ!早よせんと冷めてまうぞ!」
「おう、ありがとう」
アオは返事をして、調理係の生田に20円を手渡し、2杯のおじやを受け取る。
それを見て、生田が呆れたように声を上げた。
「また買うてやるんか。物好きなやっちゃのぅ!」
「………」
アオは無言のまま、口元だけを笑みの形に歪めて見せる。
ここにいる人たちはみんな、社会を飛び出してしまった、追い出されてしまった人ばかり。
出身や年齢、本名すらお互いに知らない人たちが暮らしている。
「おー!今日は玉子が入っとるやんけ!」
「ああ、分けてもろうたんや。シャケおにぎりで作っとるから、今日のはうまいぞ!」
この吹きっ晒しの食卓を囲むのは、アオとカクゲンを除けていつも8人。
他にもこの公園で暮らす人はいるが、そんな他のグループ、他の人と交わることのできない人たちがこの片隅に集まっている。
表の街生く人々が目も合わせず、視界にも入れないここにも、小さな世界があった。
とても小さな社会が縮図を作り、縦に繋がり、輪を作る。
……やはりここにも、完全な自由などはないようだ。
「あー!もうないわい!全然足りんで!のう?」
食事を終えたアオがカクゲンに話し掛けた。
が、彼の応えはいつもの、
「………」
あの日からカクゲンは徒歩の時も昼間も、必要最小限の言葉しか発さなくなった。
笑顔に関して言えば、一度も見ていない。
相変わらず2人で横に並び、進んでいるつもりではいる。
だがここで暮らすことすら、カクゲンから同意の言葉は聞いていなかった。
「さあ、各自食器は洗えよ!」
そう号令を出すのは尾崎。
このエリアのリーダー的存在。
彼は数年前まで事業を展開していたという。
その経歴から、みんなは尾崎の言うことを聞き、それに従う構図が出来上がっていた。
ベンチの周りでは、他に5人がお椀を持っておじやを啜っている。
元料理人の『コック』
建築家の『一級』
サラリーマンだった『サラリー』と『リーマン』
そして、アオがいつも気になっている人が1人。
話す内容が途方もなく大きい『競馬じいさん』
アオは知っていた。
他の7人が、彼をほら吹きだと馬鹿にしていることを。
競馬じいさんはいつも食事の後に話し始める。
自分は今でも大金持ちであるということ、社会の仕組み、金儲けの必須事項。
そして、競馬の話。
今日も、自分はこれまで競馬で3億円を儲けたという話をしている。
この話はもうこれで10回目だ。
そう思いながらもアオは毎回、興味深いこの競馬じいさんの話を聞かずにはいられない。
彼の話を一通り聞き終えると、いつものようにアオは受け取ったもう一つの椀を持ち、立ち上がる。
歩いて向かう先には青いビニールシートで作られた小さなテント。
垂れ下がった入口をひょいと捲り、
「カミじいちゃん、持って来たで」
テントの中には、70代くらいの男が1人、入口に背中を向けて座っていた。
「ワシャぁいらん言うとるやんけ!」
「まあまあ、そう言いんさんな」
「何でワシがあいつらの作ったメシを食わなアカンのや!」
「遠慮や意地を張るようなもんでもないじゃろ。ただのおじやじゃ」
アオはこのカミじいちゃんと、毎日こんな会話をしている。
アオとカクゲン、2人がここで生活をする切欠になったのが、この老人。
彼は2人の面倒をよく見てくれるのだが、ここにいる大人たちとは反りが合わないようだった。
「冷めんうちに食べんさい」
カミじいちゃんの目の前にお椀を置き、アオはそう言ってテントを出た。
こんなに小さいが、ここにも社会がある。
みんなが見てはいけないものとするほどの隅っこにも、ちゃんと人間の社会があった。




