エトランゼ 5
探し物は、まだ他にもう一つ。
「さぁ、問題のブツがあるんじゃ。どこかのぅ……」
「………」
ぐるりと部屋を見回したカクゲンが押し入れに目を留め、その戸をゆっくりと開けた。
中には何個も積み重ねられた段ボール箱。
「……それか?」
「……みたいだね」
一番上の箱を取り出し、ガムテープで留められた口を開けてみる。
入っていたのは、何本ものビデオテープ。
アオはその1本を部屋のビデオデッキで再生してみた。
画面に映し出されたのは ――――…
「……間違いないの。質からも素人モンじゃ」
「………」
「アレ全部が裏モノかぁ」
「……だろうね」
…―――― 『人質』
的の所業は、事前に聞いたものと同じであった。
聞き返すまでもなく、悪。
……成立じゃ。
7の正義。
これは自分への仲裁、中道、蹂躙。
自分を鼓舞するための、勝鬨を上げるための保険。
邪悪の塊は、とても簡単に自分を懐に納める。
3の悪はこれまで自分が学んできた道徳。
現段階で知る、自分の限界。
命を停めるあの光景は、いつも5対5の辺りでこの心を戸惑わせる。
「アレを全部運び出すんか?メンドイのぅ」
「………」
「家ごと焼いてしまうか。さっきので、あっちにもこっちにも穴が開いてしもうとるわ」
「……余所様が迷惑するよ」
「……じゃの。じゃあやるかー」
「……そう」
家の外では1トントラックが静かに2人を待っていた。
その荷台に先ほどの段ボール箱、プラモデルの空き箱を次々と積み込んで行く。
……的も含めて。
人が容易く左右する、人の所業。
どちらに色情を覚えても、心配することは何もなかった。
後も先も、疑うことも厭うことも、自分たちには必要ない。
……必要ない。
東の空が微かに白みを帯びている。
もうすぐ夜が明ける。
「ハ――――ッ!終わりじゃ!」
仕事を終え、去って行くトラックを見送って、アオは大きく伸びをした。
伸びたついでにぐるぐると首を回していると、後ろからカクゲンが服に付いた埃を払いながら、
「……ねぇ」
「うん?」
「……イイ事してきたの?」
「ん?」
「……あの娘、可愛かったね」
「ああ、…って見とったんかい!…しとらんよ。出てしまうとの、闘争心が……まぁエエじゃないか!」
「……そう」
不意に、髪を掻き上げる、あの仕草を思い出した。
知らず口元に笑みが浮かぶ。
久しぶりに、いい物を見せてもらったと。
「さーて、今回も終わったのぅ」
「………」
いつもは乾いている唇が今は濡れているのなら、今日もさすらい、今度は目が枯れるだろう。
夜に影響を受けるより、海のように月に拘束されたい。
時に委ねて、千切れてみるのもいい。
「お前、この後は?」
「……ユリコちゃん」
「ああッ!?お前!まだヒモやっとるんか!」
「……ヒモじゃないよ。○び○だよ」
「ヒャッヒャッヒャッ!!何じゃそりゃ!踊って見せとるんか!」
「……そう」
「ヒャッヒャッヒャッヒャッ!!」
……ワシらと他の者を救うてやったぞ。
う~ん、そうよのぅ……7割が助け、3割が邪魔をした。
こんな感じかのぅ。
ワシらにゃきっと明日も来るじゃろうけぇ、また甘えさせてもらうわい。
スマンのぅ。
明日のことも明後日のことも教えてやるけぇ、もうしばらく待っとってくれぇ。
暗うて寂しいのは、ワシらも一緒じゃけぇ。
じゃ、またの。
今日久しぶりに会った2人は、お互いの後ろ姿も見ず、その場で別れた。
次に会うのがいつなのか、今のところ予定にはない。
アオは通りまで出るとタクシーを捕まえ、運転手に行き先を告げる。
車は大通りを過ぎ、オフィス街から赤や緑の光の間を抜け、薄暗い通りへと走って行く。
この日、アオにはまだやるべきことがあった。
しばらく走った後、目的地の少し手前でタクシーを停め、弾むように降りる。
見据えた先にあるのは、尖った屋根の4つの倉庫群。
砂利を蹴り上げる音はよく響くが、辺りには動く影もなく、誰の迷惑にもならない。
ジャッジャッジャッジャッ……
用があるのは、左から2番目。
自分たちの、いつもの場所。
ウマじいには予め許可を取り、鍵の場所も聞いてあった。
……キキギギギギギイイイィィィ……ッ!!
朝方の青い時に木霊する、金属の擦れるけたたましい音。
これも含め、アオはこの時間を楽しみにしている。
外よりもまだ暗い中、階段を降り、更に梯子で下った場所。
そこに敷いてある、1枚の大きな鉄板。
アオがそれをゆっくりと剥がすと、その下にはぎっしりと詰められた札束が。
すーっと音が鳴るほどに鼻から息を吸い込む空間は、錆びの匂い、オイルの匂い、枯れた匂い、そして加工の匂い。
「……ハ――――…ッ!まだまだじゃのぅ…」
両手を広げ、紙幣の敷かれたそこへ全身を預けるように倒れ込む。
バサアッ!!
「……ハア……血じゃろうが、糞じゃろうが、お前らに付いとる匂いは全て金の匂いじゃ……」
独り言は1人であるから成立する。
有りっ丈の、出来るだけの自分のゆとりは、自分たちを侵す植物のように絡み付く。
胸の中に張り裂けるほどに集めた希望は、真っ先に自分たちを死に至らしめるだろう。
「名のある者を……また的って呼んで消したわい……」
高値の物が飾られ、祀られ、ヒビのある汚れた安値の物は捨てられるのであれば、真っ先に消えるのは我々だろう。
誰に問うても、不必要の不燃に入れられる。
「今日は汗を掻いとらんけぇ、お前らからは抱きついて来んのぅ……」
アオは笑顔で1人で語る。
消えた過去で産声を上げた自分。
生まれたくないと言った覚えはない。
「お前らは人の泣きっ面、何回くらい見てきた?何人を辿って来たんじゃ?ワシはのぅ、 ――――………3億と1億……4億じゃないで。3と1じゃ!頼むで……!!」
生まれたくないと言った覚えはないが、死にたいと考えたことはある。
焼け付く道を真っ直ぐに歩いた。
促したのは確か、向かい風。
掬い上げた形の無いそれは、せめて触れるものでありたいと急いただろう。
掌の真ん中で、それは何を考えた?
それすらもう、思い出すこともない。
「………」
アオは目を閉じたまま、動かない。
頬に当たる滑らかな感触、匂い。
沈み込む、からだ。
―――― 最後尾
3+1で、最後尾
人に話さなければ、嫌な噂も聞こえては来ない。
「……ワシもあいつも、病気じゃないで」
現れては消え、忘れては思い出す、我々の ―――― 最後尾。




