救い
村を見渡して視察を終えたリーゼロッテは、翌日早速俺に新しい計画書を持ってきた。
「ウェスティア村を発展させるためには、主要産業である農業を伸ばすのが手っ取り早いですわ。レオンハルト様は村を豊かにするためにどういう手段を取るのがいいと思われますか?」
「うーん、パッと思いつくのだと作付け面積を増やしたりとかかな」
税収を増やすってことは、要は領地の人達の総売上高を増やすってことだろ。
農業でそれをやるなら、開墾をして畑の面積を広げるのが一番手っ取り早い気がする。
「それだと税収は増えても、村は豊かにはなりませんわね」
「え、どうしてだ?」
「量がある分、商人がそれを買い叩くからです」
「……ああ、なるほど」
野菜の収穫量が増えればその分だけ公爵家に物納される野菜の量は増えるが、野菜の値段が下がる分農家の人間が得られる金銭収入は減る。
そして買い叩く商人がしっかり利ざやを抜いて儲けるので、村人達の暮らしは豊かにはならないわけだ。
「パッと思いついた限り、現状を打開するための方策は大きく三つあります。一つ目が、収穫物を長期間保存できる倉庫を作ること。これは私の方で予算をやりくりすれば十分に対応できる範囲です」
リーゼロッテが半壊した倉庫を確認したところ、倉庫とは名ばかりの空き家だったらしい。 糞なども落ちており害獣被害もあるようで、しっかりと高床式でぴっちりとした作りのものを作り、長期間保存できる体勢を整えるつもりのようだ。
「二つ目は輸送費の高騰を抑えること」
そう言ってピッと二本目の指を立てる。
この村は東に大きな川があり、そこを迂回する形で領都へと向かう必要がある。
もし馬車が乗り込める頑丈さの石造りの橋を建設できれば、輸送にかかる時間と費用をグッと抑えることができるようになるようだ。
「そして三つ目は、農業用水の不足によって高くない土地の単位辺りの収穫量を増やすことです」
基本的に王国の農業は、よほど水に余裕がある場所でなければ、降雨に頼るかなり原始的なそれである。
しっかりと灌漑を行い用水を引くことができれば、レベルの高い合格点を超える収穫高をオールウェイズ出してくれるようになるだろう。
「本来この二つを賦役と公共事業でなんとかしようとするとかなりの歳月と歳費が必要なのですが……もしレオンハルト様がなんとかできるのであれば、状況は一気に変わるでしょう。レオンハルト様に頼ってしまい恐縮なのですが……」
「気にするな、別にそこまで手間じゃないし」
領都まで街道を引けとか言われたらさすがにしんどいが、石造りの橋を作るくらいなら別に土魔法でどうとでもできる。
念のために両者の工事のために出された工賃の試算を確認してみると……うん、やっぱ俺がやった方がいいな。
水路を引くのに金貨数千枚はさすがに馬鹿げてるし。
「そういうことならさっさとやっちゃうか。こういうのは思った時に行動するに限る」
一応用水路も石橋も公爵家の所有になるから、母上にも事前にきちんと許可を取っとかないと。
こういう時の根回しが大事っていうのは、前世の頃の教訓でよく身に染みついてるからな。
無事許可を取り、村へとやってきた。
リーゼロッテの計画に従いながら、工事を始めていく。
「『探査』」
無属性の探知魔法である『探査』はただ魔物の反応を探すだけじゃなく、マッピングも行うことができる。
周囲の地形を魔法で調査し、そのまま地面の下にある岩盤なんかの位置も確認。
「『逆巻』」
問題がない場所を選定してから超級土魔法の『逆巻』を発動させる。
本来なら土をモーゼのように割って地割れを起こす魔法だが、こんな風に出力調整をしてやれば用水路作りにも応用できる。
「わ、私は夢でも見ているのでしょうか……?」
あっという間に見切れるほどの距離まで出来上がっていく用水路を見て、リーゼロッテがシパシパと目を瞬かせている。
最後に土魔法でしっかりと補強をしたら用水路の方は完成。
続いて東側にあるという川へとやってくる。
まずは『探査』を使い川幅や水深、川底の地盤を調べていく。
場所を選定したら川底の土砂を取り除いてから土魔法で地盤を固める。
両者に巨大な石で橋台を造ったら、後は大量に生み出した石材を次々と浮かせて両岸から中央に向かう形で弧を描くように並べていけば、アーチ状の石橋の完成だ。
「よし、こんなもんだな」
「は、橋ができてる……」
「俺達は夢でも見てるのか……」
好奇心から作業を見に来たらしい村人達が、突如としてできあがった石橋を見てごしごしと目を擦っている。
彼らの暮らしのために頑張ったんだ、是非ガンガン使ってくれたまえ。
……いや、村人は村から出ないからそんなに使うことはないのか。
「これだけやっていただけたのなら、後は私の仕事ですわね」
「ああ、期待してるぞ、リーゼロッテ」
「――任せて下さいまし!」
無事に工事が終わったことで、ウェスティア村の利便性は大いに改善された。
それならさっそくということで、リーゼロッテが領都にいる商人達を村へと招いた商談の場に、彼女に頼まれたので俺も同席することになった。
「ようこそいらっしゃいました」
「リーゼロッテ様、お噂はかねがね……それにレオンハルト様も」
ウェスティア村にやってくる商人の数は決して多くない。
彼らがわざわざやってきてくれたのは、リーゼロッテの名が知れ渡っているが故だろう。
彼女の辣腕は領内では有名だ。
俺の資産も含めかなりの額を運用しているため、同業者からも一目置かれているという噂はおそらく事実なのだろう。
「それではさっそく商談の方、初めていきましょうか」
早速商談が始まる。
俺はてっきり既にある農作物を売るための交渉をするだけだと思っていたが、彼女がした説明はそれだけに留まらなかった。
「皆様、我々が新しく建築した石橋はもう見ていただけましたでしょうか?」
「ええ、あれは素晴らしい出来ですなぁ! 荷をたっぷりと乗せた馬車でもびくともしませんでした!」
どうやら既に橋を通ってきたらしい商人達を相手に、リーゼロッテは自信ありげな笑みを浮かべる。
「実は同様に用水路の方も引かせていただきましたの」
「なんと……」
「それは……」
橋が造られたことで、今後村と領都の往き来は以前よりはるかに素早くできるようになった。
輸送コストは大幅に抑えられるようになり、その上で用水路を引いたことで収穫量も安定するようになるだろう。
更には倉庫も建て直したと理路整然と説明するリーゼロッテ。
商人は彼女を凝視してから、その視線をこちらへと向けた。
彼らから見えないようににやりと笑うリーゼロッテを見て、俺は彼女がわざわざ俺に同席させた目的を悟った。
たかが一つの村のために、公爵家の元嫡男である俺と、彼の懐刀であるがリーゼロッテ手を貸している。
この事実を深読みさせて、あちら側から譲歩を引き出そうとしているのだろう。
「こちらが今後の収穫量の見込みになります。石橋の使用料は取りませんので、輸送費の現象も考えて……買い取り額はこれくらいにしていただけると」
「むぅ、これは……」
「だがたしかに秣の費用を考えれば、以前より黒字が出るのではないか?」
買取額は三倍以上になっているが、馬というのはとにかく大量の飼料が必要になる。
差し引きで考えればあちら側にもこちら側にも利益が出る、両者ウィンウィンの取引になっているため反対意見は出ない。
「今後の発展を見込めば……うちは是非、契約を結ばせてもらう!」
そして商人のうちの一人が我先にと手を上げた。
彼らを同時に呼び出したのは、その商人としての競争意識に訴えかけるため。
他には今後の発展を見込み、いち早くこちらに靡いた人間に目星をつける意味合いもあるのだろう。
リーゼロッテはこんな風に、一つの行動に複数の意味を持たせるようなことをすることが多い。
結果として商人達は我先にと契約を結び、麦や野菜の売価は交渉の末以前の三倍近い価格になった。
彼女の笑みの質から考えるに、おそらく想定していた着地点に落ち着いているのだろう。
俺は彼女の交渉術に感心しながら、商取引を終え満足顔で帰っていく商人達の背を見送る。
「ふうぅ……これでひとまず、魔物の襲撃前より豊かな暮らしができるようになるはずですわ」
商人達がいなくなり、場の空気が弛緩してからリーゼロッテも椅子に背を預ける。
どうやら彼女もかなり気を張っていたらしく、その顔には疲れが見える。
「お疲れ様。まるで魔法みたいな手腕だったな」
「私にはレオンハルト様のような魔法は使えませんわ。商売柄身につけざるを得なかった、手練手管です」
「俺からすると、リーゼロッテがやってることの方がよっぽどマジカルだけどな」
今回俺は、ただ魔法を使って用水路を引いて石橋を造っただけだ。
俺はこんな風に魔法を使って生活を便利にすることはできるけど、それをしっかりと金に換えることはできない。
そもそもそういう俺には回路がついてないので、金勘定だけじゃなく儲け方についても詳しいリーゼロッテがいてくれて本当に助かった。
「俺の力をこんな風に使えるのはお前くらいだよ、リーゼロッテ」
「……その言葉、そっくりお返し致しますわ。私がこんな風に簡単にお金を稼げるようになる道筋をつけられるのは、レオンハルト様くらいです」
リーゼロッテは立ち上がり、俺の腕をそっと撫でつけながらこちらを見上げる。
「レオンハルト様がお望みなら……あなたを世界一の大富豪にだってしてみせますわ。そうしたら、私のことが……もっともっと必要になりますか?」
彼女の青色の瞳が、ジッとこちらを見つめている。
その瞳から光が徐々に消えていき、部屋の中の雰囲気が粘度を増していく。
「リーゼロッテ、既に俺にはお前が必要だよ。金儲けの才能なんてなくてもな」
クロエの能力はどちらかと言えば政務能力とか権謀術数に寄っているため、純粋に金勘定に強いのは俺の家臣だとリーゼロッテだけだ。
彼女が支出管理をしてくれているというだけで、俺は金の心配をせずに過ごすことができている。
俺の本心が伝わったからか、フッと場の雰囲気が軽くなる。
彼女は軽く腕を撫でて離れてから、冷めた紅茶に口をつけた。
「レオンハルト様は私のことをあの商会から救い出して下さいました。だから私は貴方のことを、何があっても助けます。お金で解決できることなら、私がなんでも致しますわ」
彼女は瞳を怪しく輝かせながら、こちらに流し目をよこす。
こいつなら本当にあらゆることを、金の力で解決しちゃいそうなんだよな……有能すぎる配下を持つのも考え物だ。
リーゼロッテに見限られたりすることがないように、俺も主として格好いいところを見せないとな。




