期待
魔物の襲撃騒ぎの二日後、俺は領都へと戻ってきていた。
魔物達の後片付けを手伝ったので軽くしか見れていないが、ウェスティア村はなかなかどうして悪くない場所だった。
自然も多いし、人も多すぎず少なすぎず。
川には魚がいっぱいいたし、村人に聞いたところ森の恵みもそう悪くないらしい。
領都から離れているおかげで静かに暮らすこともできるし、いざとなれば公爵領内の危機に駆けつけることもできる。
俺が探している条件とかなり近い。
(あの土地ならまったりとセカンドライフを送れそうだ)
すぐに独立というわけにもいかないから、タイミングを見計らってという感じにはなるだろうけど、将来に向けて徐々に軸足をあっちに置いてもいいかもしれないな。
「ウェスティア村の復興を手伝いたいと……いいでしょう。将来新たな家を興す時の練習と思い、やってみなさい」
母上に話すと、一発でオーケーが出た。
頭が切れるので、相変わらず話が早くて助かる。
「あなたをウェスティア村の代官として任命致します。言い出したからには、しっかり最後までやってみせなさい」
「はい、わかりました!」
領主としての鋭い瞳で見つめられ、思わず背筋を伸ばしながら答える。
どうやら予算の管理や復興なども含めて、俺が全責任を持つ形になりそうだ。
にしても、頑張ったご褒美に田舎でスローライフ送ろうとしていただけなのに、なんで仕事が増えてるんだ?
……冷静になるのはよしておこう。こういうのは深く考えたら負けだ。
俺はリーゼロッテを呼び出し、彼女と一緒に村の復興計画を練っていくことにした。
「まあ、それではとうとうレオンハルト様が領主になられるのですね!?」
「いや、あくまで代官だから」
リーゼロッテ・ベルンシュタイン。
金髪の髪をくるくると内巻きにカールさせた彼女は、商家であるベルンシュタイン家の黒字をほぼ一人で作っていたという辣腕の商人だ。
とにかく数字に強く、公爵家の財務に関しても俺よりはるかに詳しい。
俺の資産運用などもしてもらっており、前に見た時におそろしい桁数が見えて以降は怖くて見ていない。
「というわけでひとまず見積書を作ってみたんだけど」
俺がざっくり概算した復興事業の見積書を、リーゼロッテはものすごい速度で読み始めた。 速読をして一瞬で読み終わった彼女は、そのまま取り出したペンで数字を修正し始める。
「木材の価格が高すぎますわ。これではウェスティア村の経済状況から考えて、家の建て直しができない家庭ができてしまいます」
「え、そうか?」
近場で木材が有名なところから引っ張って来るのがと思ってたんだけど、それではダメらしい。
枝落としや製材の手間賃に、ここまで持ってくるだけの輸送費を上乗せすると、木材は一般人では手が届かないとリーゼロッテは数字に赤線を引いていく。
「ここは村人の方達に森の木を切り倒してもらい、その木材を使わせていただきましょう。森にスギやスプルースの木があるのは確認しておりますので、外壁や梁に使う建材は十分確保できるかと」
「たしかに、使える木があるなら使った方がいいな」
俺が見ても木の違いなんてまったくわからなかったが、彼女が言うにはあの森はオークやらクリやらいろいろな木が生えており、木材の伐採地として非常に有用らしい。
近場から持ってくれば後は大工に払う工賃だけで住むので、かかる復興費用も少なくて済むとのこと。
「それと、建築に必要な資材の領も多すぎますわ。村の家や倉庫の建築として考えると、この量の木材は過剰です」
リーゼロッテはそのままどこからか過去の取引記録を引っ張り出すと、大工の工賃や現地の人の賦役の見込みとその適切な対価をあっという間に算出し、それを新たな紙に書き付けていった。
その合計の金額は俺が概算で出したものの半値以下になっている。
数字のマジックを見ているような気分だ。
「すごいな、俺にはさっぱりわからん」
「このくらい、できて当然ですわ。それに、こちらが私の専門というだけです。私はセレスティアとは違って、腕っ節の方はからっきしですから」
「なるほど、そういうもんか」
餅は餅屋ということなのだろう。
そもそも費用を抑えて売り上げを立てる専門家であるリーゼロッテからすれば、この程度のことは朝飯前に違いない。
「数字に強い家臣が一人いてくれるだけで心強いな」
「そんな……過分な評価、ありがとうございます」
頬を赤く染めながら小さく笑うリーゼロッテの姿は、とても幸せそうで。
その様子を見た俺は、今とは別人のような顔をして働いていた時の彼女のことを思い出すのだった――。
今から五年ほど前、うちのシュヴァルツェンヴェルク公爵家とベルンシュタイン商会の間である大きな取引が進んでいたことがあった。
思い返すとたしかその時も、材木の取引だったと思う。
商会長をやっている太った男が出した説明資料を見て、俺は驚いた。
なんとそこには、毎年ごとの取引額の推移が棒グラフの形で記されていたのである。
基本的に商慣習や近々の物価を頼りに大雑把に商いをするこの世界で、そこまで数学的なアプローチで数字を取り扱うものはいなかった。
けれど興味を持って商会長に詳しい話を聞いても、どうも要領を得ない。
そこで俺は独自ルートで資料作成者を辿り、ベルンシュタイン商会で働いているリーゼロッテに出会ったのだ。
「あ、あの……一体なんの御用でしょうか?」
今から考えると信じられないかもしれないが、初めて会った時の彼女はおどおどとしており、明らかに様子がおかしかった。
けれど俺はそんな彼女と対話をし、その有能さに気付き、そしてベルンシュタイン商会にそれだけ貢献をしているのに彼女のことを冷遇し続けているらしい商会に腹が立った。
「それならうちに来なよ。ちょうど数字に強い人材を探してたんだ」
だから俺は彼女を商会から引き抜いた。
どうやら彼女も待遇には不満を覚えていたらしく、俺についてきてくれた。
それ以降、俺が数字や金に困ることはなくなった。
リーゼロッテは今日も遺憾なくその商才を発揮させてくれている。
実際に様子を見ておきたいというリーゼロッテを連れ、ウェスティア村へとやってきた。
もちろんセレスティアとクロエも同行している。
「復興作業は……道半ばと言った感じですわね」
「そうだなぁ、やっぱり家を建てるのは木材がないと厳しそうだ」
村を出るときも一応瓦礫の撤去なんかは手伝ってたんだが、そこまで本腰を入れてはやってなかった。
下手にやって後から文句付けられたりするのは嫌だったしな。
「代官として正式に任命されたんだし、こっからは気合い入れてやっても問題はないよな?」
「え、ええ、構いませんけれど……」
クロエが張り出した布告を見て、遠くで歓声が上がっている。
どうやら俺が代官になったことを、村の人達も喜んでくれているらしい。
よし、それじゃあいっちょ頑張りますかね。
「まずは残ってる瓦礫の撤去から行くか」
倒壊した家を、『元素分解』を使って粉みじんにしていく。
「なっ……梁が消えた!?」
「家が、一瞬で解体されてる……?」
「す、すごすぎますわ……」
本来なら数人がかりで何時間もかけて行う作業が一瞬で終わり、村人達が目を見開いている。
というか、村人達と一緒にリーゼロッテまで驚いていた。
「そんなに驚くことか?」
「私、レオンハルト様の魔法を見るのもほとんど初めてですから……」
たしかに言われてみると、俺は基本的に環境破壊しても問題ないような魔境でしか魔法は使ってきていない。
クロエもそうだったけど、普段仕事を一緒にしている家臣達は、俺のことをあまり魔法使いとして認識していなかったのかもしれないな。
俺はそのまま瓦礫を消し去り、壊れた道路を修復。
最後に魔物に踏み荒らされた畑を一つ一つ周り、土魔法で使えるように戻していった。
「す、すごい……土の恵みさ、たっぷり含んだ土だ……」
土の状態を味覚で感じ取れるらしいおじいさんが、俺が出した土を舐めながら泣いている。
リンなんかの農薬肥料をイメージしながら土を出したからな。
魔法は明確なイメージさえできれば、わりとなんでもできる。
魔物にあれだけ怖い目に遭わされたんだ。
以前より畑の収穫高が増えるくらいの役得はあってもいいだろう。
「は、半日足らずで復興がほとんど終わってしまいましたわ……」
「家を建てたりもできたら良かったんだけどな。土壁とかなら出せるけど」
「い、いえ、これ以上は大丈夫です! レオンハルト様の魔法の力に頼りすぎては、今後村の人達が困ることになりますので! これなら復興予算を大きく余らせて転用することも可能ですわ、まさかレオンハルト様の魔法の腕がこれほどだったなんて……(ブツブツ)」
何かブツブツと話しているが、リーゼロッテの目は完全に商人のそれになっていた。
彼女はそのまま手元の資料に書き付けると、それをこちらに見せてくる。
書かれている復興費用は、以前俺が出したものの十分の一以下にまで減っていた。
俺の魔法とリーゼロッテの計算、二人の共同作業によって大分かかる費用を抑えることができたようだ。
「きょ、共同作業!? 二人で初めての!? ダ、ダメですわレオンハルト様、そんなこと言われたら、私……」
リーゼロッテは顔を真っ赤にしながら身もだえを始め、そのまま数珠と呼ばれるこの世界のそろばんを弾き始めた。
顔はにやにやしているのに数珠を弾くスピードが俺でも目で追えないくらい速いので、ギャップがものすごい。
「そういうことでしたら、ひとまず金貨五万枚くらいまでは出しますから、この村を領都に次ぐ公爵領第二の街として発展させていきましょうか……」
「一体何を真面目に計算してたんだ!?」
「あ、大丈夫ですよ。全部私のポケットマネーから出すので」
「何も大丈夫じゃないな!?」
「レオンハルト様、何かほしいものが遠慮なくおっしゃって下さいまし。ウェスティア村の周辺区画をまとめて買い付けてきましょうか?」
「ストップストップ! 落ち着けリーゼロッテ!」
ギアがかかり、蕩けた顔でとんでもないことを始めようとしているリーゼロッテをなんとか落ち着かせる。
彼女はこんな風に暴走癖があるので、上手く手綱を取らないと本当にとんでもない額のものを買ってしまう。
以前は金貨十万枚の純金時計を買ってきて、なんとか返品させてもらった経験もある。
「大丈夫ですわ。たとえ働かなくても、レオンハルト様は私が一生養いますので」
リーゼロッテは隙あらば俺のことをヒモにしようとしてくる。
こんなに頑張ったんだし一生懸命働きたくないなとは思うが、さすがにリーゼロッテの稼ぎにおんぶに抱っこで理想のヒモ生活をするというのは外聞が悪すぎる。
適度に働き適度にサボって遊ぶ。
そんなサイドFIREみたいな生活が俺の理想なのだ。
「まあなんにせよ、予算が余ってくれたのは助かった。にしてもこれだけ抑えられたんだし、復興だけじゃなくて村の発展のために使ってもいいんじゃないか?」
リーゼロッテのポケットマネーを使わずとも、残った復興予算に関しては村のために使っても問題はないだろ。
どうせ返したところで公爵家の公庫に戻るだけだし。
それならしっかりと村を豊かにして最終的な税収を増やしていった方が、差し引きで見ればプラスだろうしな。
リーゼロッテは少し驚いた顔をすると、一瞬で商人の顔に戻る。
顎に手を当ててしばらく考えてから、こちらにゆっくりと微笑んだ。
「……承知致しました。必ずご期待に応えてみせますわ」
【しんこからのお願い】
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが気になる!」
と少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




