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勇者と聖女の蕎麦食堂  作者: ゲント・カイ


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第八章 蕎麦が足りない

 繁盛すれば、新しい問題が起きる。


 蕎麦粉がなくなった。


「ない?」


「ない」


 市場の穀物商は肩をすくめた。


「勇者様が買い始めてから、急に人気になっちまいましてね。王都中の店が欲しがってるんですよ」


「何で他の店まで」


「国王陛下が召し上がった穀物って評判です」


 蓮は額を押さえた。


「いくらだ?」


 商人が提示した値段は、最初に買ったときの四倍。


「高すぎる」


「仕入れ値が上がってるんで」


 店へ戻り、事情を話す。


「値段を上げる?」


 クレールが尋ねる。


「それは最後だな」


「王宮に頼めば?」


「それも嫌だ」


 そこで、いつもの席からシポが言った。


「産地へ行けばいい」


「産地?」


「最初に買ったとき、北の山で作っていると言っていただろう」


「そうだったな」


「直接見ろ」


 数日後。


 店を休みにして、一家四人とシポ、アウリの六人で北へ向かった。


 王都から馬車で一日。


 山間部の小さな村。


 畑には見覚えのある蕎麦に似た作物が広がっていた。


「きれい」


 リナが言う。


 白い花が風に揺れている。


 村長によれば、この穀物は痩せた土地でも育ち、収穫までの期間も短い。


 しかしパンには向かず、


『貧者の穀物』


と呼ばれて安く買われていた。


「王都でそんな値段になってるとは知らなかった」


 村長が驚く。


 商人が安く買い取り、王都で値段を吊り上げているらしい。


 蓮は考えた。


「うちと直接取引しませんか?」


「直接?」


「毎年、決まった量を買います。値段も最初に決める」


「勇者様が?」


「勇者じゃなくて食堂の親父として」


 契約にはシポも立ち会った。


 無理に生産量を増やさない。


 他の作物を減らしすぎない。


 一定量を一定価格で買う。


 不作の年は条件を相談し直す。


「そこまで決める必要があるのか?」


 村長が尋ねる。


「ある」


 蓮は答えた。


「店の都合で、村がおかしくなったら意味がないから」


 クレールも村を回った。


 治療を必要としている人を診察する。


 リナは村の子供たちと遊び、ルイはいつの間にか畑の中を走っていた。


「ルイ!」


 蓮が追いかける。


 その横でアウリが吹き矢を構えた。


「何してる?」


「鳥」


「撃つなよ!」


「食べないのか?」


「畑で勝手に狩るな!」


 村人たちが笑った。


 帰る日の朝。


 村長が小さな袋を蓮へ渡した。


「今年の一番出来のいい実です」


「店で使います」


「王都の人が、これをうまいと言ってくれるとは思わなかった」


 蓮は袋を受け取った。


 故郷を思い出すために始めた蕎麦。


 それがいつの間にか、この世界の村とつながっていた。


 帰りの馬車。


 ルイは疲れて眠っている。


 リナが窓から遠ざかる畑を眺めた。


「お父さん」


「ん?」


「蕎麦って、日本のものなんだよね?」


「俺が知ってる料理はな」


「でも粉はこの世界のもの」


「そうだな」


「じゃあ、どっちの料理?」


 蓮は少し考えた。


「もう、どっちでもいいんじゃないか」


 リナは納得したように頷いた。


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