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勇者と聖女の蕎麦食堂  作者: ゲント・カイ


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第四章 リナは看板娘、ルイは味見係

 開店から十日。


『勇者と聖女亭』は少しずつ王都に馴染み始めていた。


 最初こそ英雄の店ということで遠巻きにされていたものの、一度入ってしまえば値段も料理も普通の食堂である。


 むしろ、


「勇者様が自分で蕎麦を茹でている」


「聖女様が鉄板の前で料理している」


という妙な評判が広がり、昼どきには客が列を作るようになった。


 そこで思わぬ才能を発揮したのがリナだった。


「二番卓、ガレット二枚と温かい蕎麦一つ。お父さん、蕎麦は肉なし」


「了解」


「Maman, deux galettes. Une sans fromage.」


「D'accord」


 日本語。


 フランス語。


 王国語。


 相手によって切り替える。


 ときにはクレールが聞き取れなかった王国の方言まで説明している。


「お前、いつそんなに覚えたんだ?」


「普通に暮らしてたら覚えた」


「普通に……」


 蓮は軽く衝撃を受けた。


 自分は英語であれほど苦労したのに。


「お父さん、五番のお客さん」


「はい!」


 完全に娘に使われていた。


 一方。


「ルイ!」


 厨房から蓮の怒声。


 ルイの頬が不自然に膨らんでいる。


「何食った?」


「何も」


「口に入ってるだろ」


「……チーズ」


「味見は一回って言っただろ」


「毎回味が違うかもしれない」


「誰に教わった、そんな屁理屈」


 クレールが目を逸らした。


「おい」


「何?」


「お前か?」


「知らないわ」


 明らかに知っている顔だった。


 ルイはまだ幼い。


 接客は難しいので、


「味見係」


という本人しか認めていない役職に就いている。


 ガレット。


「おいしい」


 蕎麦。


「おいしい」


 新しいスープ。


「おいしい」


 失敗した試作品。


「おいしい」


「参考にならないな」


 蓮が呟く。


「全部おいしいのは悪いことじゃない」


 シポがいつもの席から口を挟んだ。


「お前、今日もいるのか」


「昼食を食べに来ただけだ」


「七日連続だぞ」


「客に文句を言うな」


 アウリもその隣にいる。


 彼はガレットを食べている。


「お前も九日連続」


「近いから」


「お前の家、逆方向だろ」


 返事はなかった。


 シポとアウリは、すでに店の一部のようになっていた。


 初めて来た客は、伝説の英雄四人が同じ場所にいることに驚く。


 しかし十分も経てば、


「賢者様、醤油に似た調味料を取ってください」


「これか?」


「ありがとうございます」


という普通の光景になる。


 午後。


 一人の老婦人が食事を終えたあと、リナを呼んだ。


「お嬢ちゃん、ここの娘さん?」


「はい」


「お父さんとお母さんは、違う国の人なんでしょう?」


「国どころか、違うところから来たんだって」


「言葉は困らないのかい?」


 リナは少し考えた。


「今はあんまり」


 厨房では蓮がクレールに言っている。


「それ取って」


「どれ?」


「そこ」


「だからどれ?」


「ほら、その丸いの」


「全部丸いでしょう!」


「皿!」


「最初から皿って言いなさい!」


 リナは笑った。


「たまに困ってるけど」


 老婦人も笑った。


 夕方。


 最後の客を送り出したあと、リナは机を拭いていた。


 蓮が隣に来る。


「疲れたか?」


「少し」


「無理して手伝わなくていいんだぞ」


「楽しいからやってるの」


「そうか」


「お父さんより注文間違えないし」


「そこは言わなくていい」


 リナは笑う。


 そして厨房を見る。


 クレールがルイを叱っている。


 また何か食べたらしい。


「ねえ、お父さん」


「ん?」


「この店、ずっとやる?」


 蓮はすぐには答えなかった。


 魔王討伐の旅を始めたころは、明日のことすら分からなかった。


 まして、異世界で結婚して子供が生まれ、その子供と一緒に食堂をやることになるとは考えもしなかった。


「できる間は、やるんじゃないか」


「じゃあ私、大きくなったらもっと手伝う」


「店を継ぐとか言うなよ」


「まだ言ってないよ」


「顔に書いてある」


 娘に呆れられながら、蓮は空になった店内を見回した。


 魔王を倒したときとは違う。


 誰も歓声を上げない。


 歴史書にも残らない。


 けれど、こういう一日も悪くなかった。


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