4話 戦争の傷跡
ゲース・フーリンの製鉄工房を後にした俺は、背後を警戒しながら路地裏を徘徊した。
目的は無料で手に入る飲料水とコップだ。
木箱の上には飲みかけの腐った水が入った瓶、それに石畳に滴る泥水なんかもある。
そして木製のコップや皿もよく捨てられていた。
最近じゃ木製食器は魔女が扱う家具と噂されるようになり、銅製の食器が主流になりつつある。
ほとんどが汚れ切っているが、中にはそのまま使えるような代物もあった。
さらに泥や土、そして欠けた石や砂も拾っておくのを忘れない。
俺はそれらを淡々と回収してゆく。
バッカスじいさんからもらったスキル【貯蔵Lv1】は、様々なものを出し入れできる代物でこういう時はかなり便利だ。
:スキルポイント1 → 0:
:【聖杯錬成Lv0 → Lv1 up!!】……素材から『聖杯/性杯』を生成できる:
俺は今まで拾った物を手に取り、イメージする。
「——錬成」
:石、砂、瓶 → 『ガラスの聖杯瓶』が生成できました:
:薄汚れた木皿、木杯 → 『古代樹の聖杯筒』が生成できました:
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『ガラスの聖杯瓶』【ランク:聖杯】
500mlの瓶。様々な毒性を浄化する祝福を持つ。
『古代樹の聖杯筒』【ランク:聖杯】
500mlの水筒。様々な毒性を浄化し、ポーションの質をやや高める。
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聖杯瓶はそこまでの透明度を誇ってはいない。
むしろ少し濁っている。
ただ、その色合いが深い茶色や浅い灰色のグラデーションになっていて、職人業を感じられる美しさがあった。
そして聖杯筒の方は、花々が彫られた逸品だ。
エルフに好まれそうな優美なデザインで、市場に流せば高値で取引きできそうだった。
二つは『聖杯』と名がつくだけあって、浄化の祝福もある。
泥水や腐った水を錬成し、こいつに入れれば十分飲める『SAKE』になるかもしれない。
「——錬成」
:泥水 → 『捨てられた茶酒』が錬成できました:
:腐った水 → 『忘れられた黒酒』が錬成できました:
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『捨てられた茶酒』【ランク:美酒】
アルコール5度。植物や土の香りが心地よく、爽やかな味わい。
状態異常【衰弱】【腹痛】を引き起こすが、あらゆる病を癒す。
ただし『呪毒』と『運命紋』に効果はない。
『忘れられた黒酒』【ランク:美酒】
アルコール5度。甘くてシュワっとした炭酸がクセになる。
状態異常【黒死病】を引き起こすが、トラウマを忘却させ、精神疾患を癒す。
ただし『呪毒』と『運命紋』に効果はない。
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病や精神疾患を癒すだと……?
これは色々な人にお勧めできるSAKEだな。
俺がSAKEをそそくさと聖杯瓶や聖杯筒に注げば、毒性が思った通り浄化されたので笑みが浮かんでしまう。
俺はそれから黙々と路地裏を散策し、『捨てられた茶酒』や『忘れられた黒酒』を生成してゆく。
気付けば陽は傾き、狭い空には夕焼けが滲み始めていた。
「……これだけ錬成すれば十分か」
俺は影が伸びる路地裏を出て、いつものジュース屋へと足を運んだ。
◇
「聞いたぜ、アル! お前、五日後の地下格闘に出場するらしいな!」
「応援してるぜ」
「俺ら労働者の代表だ! お前に賭けるぞ!」
「ゲースの用意した選手なんかぶちのめしてくれ!」
「いつも偉ぶってるあいつの面くらった顔を拝ませてくれえ」
夕闇が迫る時刻……俺がシュゴウのジュース屋で飲んだくれていると、フーリン製鉄工房で働く連中が声をかけてきた。
ゲース・フーリンは工房労働者の負の感情すらも利用し、従業員を客にする気か。
ぬかりない商売人だ。
こいつらの少ない給料が巻き上げられないよう、格闘賭博は負けられない。
俺が無言で拳を上げてやれば、みんなは満足したようにそれぞれの席に散って行った。
「……兵隊が必要だな」
おそらくフーリンは試合当日までに、何らかの妨害工作を企てているはず。
一番わかりやすいのが刺客だ。
俺に怪我を負わせて試合を敢行。
もしくは監禁。
数日間、水も食糧も与えずに衰弱させたうえで試合をさせる。
ただ、そのうちのどれもが試合の直前、早くとも数日後に仕掛けないと成り立たない。
なぜなら今日明日にでもフーリンが行動を起こせば、街の連中が俺に賭けてくれなくなるからだ。
そう、健康で強い姿の俺を見た人々は、『今の二等勇者なら勝てる』と思う。
そしてゲース・フーリンは自分が用意した選手にフルベットするから、人々の賭け金を総取りする腹積もりだろう。
つまり俺自身が格闘賭博の歩く宣伝ってわけだ。
仕掛けるなら二日後か三日後だろうな。
おそらく暴漢などに奇襲を受けたって噂が広まると、俺の価値が下がる。
十中八九、監禁の類か。
「おう、アル。またここで飲んでのかよ」
「ああ、ネット。悪いかよ」
いつものカウンター席で静かに『苺ミルク』を楽しんでいると、禿頭マッチョの衛兵ネット・ラレールが隣に座ってきた。
「悪かねえよ。ただ、お前の居場所はわかりやすいって話だ」
引っ掛かりのある文言だな。
それとなく聞いてみるか。
「ネットが勤務明けにジュースを飲みにくるなんて珍しいじゃないか」
「アルがいると思ってな」
つまり、ネットは俺に何かを知らせに来てくれたらしい。
「店主、『超苺ミルク』を一つ」
彼が適当にジュースを頼んだタイミングで、俺たちは互いの杯を交わして会話を楽しむフリをする。
そして時折、ネットは顔を寄せて声をひそませる。
「……ゲース・フーリンのクソ野郎が衛兵の詰め所にきた」
「なぜ?」
「アル。お前が一方的に仕事を辞めるのは不当だと訴えている。身柄を拘束してほしいとの要請を出した」
「なるほど。衛兵に取り調べをさせる算段か」
「いちゃもんにも程がある。二、三日の拘束で終わるだろうよ」
どうやらフーリンは、慎重な妨害工作に出たようだ。
フーリンの手下が俺を攫う場面を誰かに目撃されたら、一発で八百長だと見抜かれ、奴の評判は地に落ちる。
それを防ぐために、『二等勇者は何らかの事情で衛兵に連れていかれた』と噂された方がリスクは低い。
「二日後の夜、お前を連行しに衛兵がやってくるはずだ。担当は……ゲースに賄賂をもらってる部署の衛兵だ……」
「情報、助かるよ」
「悪いな……俺がもっと出世してれば、力になれたんだが」
「十分だ」
「これぐらいしかできねえ詫びに、ほれ。これやるよ。昼間のポーションの礼だ」
「気にするなって言っただろうに」
「いいんだよ、取っておけ。検問でクソみたいな奴隷商人からふんだくった代物だしよ」
カカッと笑いながらネットが取り出したのは、赤色に輝く液体の入った小瓶だ。
「【竜の涙】だ。一時的に魔力を増幅させるって有名だろ……?」
「おい……これってもしかして」
俺はその小瓶を目にした瞬間、言いようのない怒りがこみ上げてくる。
ネットも同じ気持ちだろう。
だからいちゃもんつけて、奴隷商人から【竜の涙】なんて高価な物をふんだくったに違いない。
「そうだぜ、アル」
「……そうか、ネット」
俺はそれの出どころを想像し、思わずグラスを握った手に力が込もってしまう。
そして数瞬後には、グラスが派手に砕け散ってしまった。
「俺たちの同胞を扱ってるのか、その奴隷商は」
「ああ。こいつを搾ってるらしい」
ネットは赤い小瓶を揺らす。
その血のような真っ赤な液体は、かつて俺たちと戦地を共にした同胞の涙だ。
「まだ、あの哀れな……【竜娘】たちから搾り取ろうってクソがいるんだな」
俺がネットから、その奴隷商人について詳しい話を聞き出そうとした矢先。
店内が唐突に騒がしくなった。
客たちがどよめく方を見れば、顔なじみの大男が派手に人を殴りつけていた。
俺が店主のシュゴウに視線をやれば、すぐに頷いてくれる。
隣のネットも状況を把握したのか、俺と一緒に席を立ってくれた。
「敵兵が、まだいるんだよおおお! おまえ、おまえだろうがああ!」
店内で暴れる大男の名はカイ・リキ。
身長190cm超えで、かなりの力持ちだ。
そして俺たちと従軍した戦地は違えど、王国のために戦い抜いた元兵士で、同胞だった。
今は完全に錯乱していて、ただジュースを楽しんでいた輩に暴力を振るっている。
「カイ……! しっかりしろ! 敵は、もういないんだ」
「そうだぞ、カイ! 落ち着け!」
「ッ……! アル・コール曹長、ネット・ラレール軍曹……!」
俺とネットを目にすると、カイは軍式の敬礼をする。
しかし、かつての階級の効果は数秒ともたずに瓦解した。
「ですが、ですが、敵が目の前まで迫ってきています! 剣を、剣をください! でないと、仲間がッ、俺が殺されるぅうぅ……!」
「戦争はッ、もう終わったんだ……!」
俺は自分が忌み嫌う言葉を発して、同胞に飛び掛かる。
ネットも続けてカイを押さえにかかった。
「大丈夫だ、カイ。これを飲めッ、これで忘れろ、大丈夫だ」
カイを無理やり拘束し、『忘れられた黒酒』を口へと流し込む。
すると俺たちの腕の中で暴れ回っていたカイは、すぐに大人しくなった。
「あぁ……俺は何を……また、やっちまったんですかい……?」
「大丈夫。もう大丈夫だ、カイ。俺たちがいる」
正気に戻ったカイに代わり、ネットは周囲へ詫びた。
「すまない! 俺は衛兵長補佐のネット・ラレールだ! 都市の治安は俺たちが守る。だから、今回はすまない! どうか俺に免じて、カイの暴挙は大目に見てやってほしい!」
ネットに続いて、俺も全力で頭を下げる。
「二等勇者である俺に免じて、どうか頼む! 同胞が、すまなかった……!」
するとカイに殴られた男や、その友人たちは渋々といった様子で引き下がってくれる。
ネットはカイに殴られた男に近寄り、数枚の銀貨を渡そうとする。男は不承不承ながらもソレを受け取ってくれた。
騒然となっていた店内もカイが落ち着いたとわかったようで、俺たちから距離を空けるようにそれぞれの席に戻ってゆく。
ったく……どこもかしこも戦争の傷跡だらけだ。
俺は同胞たちの肩を軽く叩き。
小さく、息を吐いた。




