3話 傭兵団と金貨時代
俺は火花が飛び散る工房を歩く。
屈強な男たちの汗と、鉄を鍛える炎の匂いが充満している。
ここはフーリン製鉄工房。
馬の蹄鉄から調理器具、武器の製造と何でもござれの製鉄工房だ。
ハンマーを握り、鉄を生活の一部に変える男たちの瞳には……暗い炎が揺れていた。
鉄を懸命に熱して、叩いて、潰して、どんなに力を込めようとも彼らの生活は一向に良くならない。
ほとんどの利益がここのオーナーに吸い取られているからだ。
胸の奥底に沈んだ不満が火種となって燻っている。
そんな目をした連中の間を、俺は無言で通り過ぎる。
用事があるのは、工房の中でも綺麗に整えられた団長室。
そこには常に暴力が染みついた笑みを浮かべる男が二人、見張りとして立たされている。
そのうちの一人が俺を目にすると団長室へと入っていった。
しばらく部屋の前で待っていれば、見張りの男が出てきて入室を促してくる。
「ボスがお待ちだ。労働者の遅刻が気になっているそうだ」
「ああ」
こちらを見下すように足元へツバを吐いた見張りへ、俺は片手を上げて応える。
そのまま団長室に足を踏み入れると——
「ようようよう、二等勇者殿ともあろう者が遅刻とは随分じゃないかあ?」
入室するなり、大袈裟な手振りで俺を出迎えたのは小太りの男だ。
身なりだけは上品だが、そのゲスな品性はいくら着飾ろうとも隠せてはいない。
彼の名はゲース・フーリン。
このフーリン製鉄工房の主であり、フーリン傭兵団の団長であり、俺の雇い主でもあった。
革製の椅子に踏ん反り返った彼の背後には、護衛の手下が二人ほど控えている。
その存在をこれ見よがしにアピールしながら、自分の優位性を誇示する態度が小物らしい。
「アルゥ、いけないねぇ。白昼堂々と労働の義務を怠るなんて、お前に勲章を叙勲された国王陛下の顔にぃ、泥を塗るようもんじゃないかねえ」
フーリンは『それに』と、欲望が詰まった赤ら顔を凄ませる。
「雇い主でもある、この俺様の顔にも泥を塗ってねえか? あぁ?」
仕事をサボるなんて舐めてるのか? と、お怒りのようだ。
まあフーリンはこの辺を取り仕切ってる人物だし、周囲に軽んじられないよう振る舞っているのだろう。
労働者一人も好きにできないって舐められでもしたら、足元をすくわれるほどには他方から恨みを買ってるしな。
「フーリン、遅刻したのは悪かったと思ってる。ただ理由があってな」
「ほう? この俺様を蔑ろにしてもいい理由があるなら聞いてやろう」
納得のいかない理由なら、後ろの二人が黙っていないと。
そう脅しをかけてくるフーリンを俺は笑った。
「気付かないか? まあ、ここで働く俺らを虫としか思ってないお前は気付けないか」
「あぁ?」
「戦場での怪我が完治した。だからフーリン、あんたの工房で世話になるのはここまでだ」
俺が普通に歩けるのを今になって気付いたフーリン。
それからマジマジと俺を見つめ、わざとらしい作り笑いを浮かべた。
「おお、アルゥ! お前、まさか膝が治ったのかあ!? なら、話は簡単だ!」
フーリンはウィンクをかまして、俺に詰め寄ってくる。
さっきまでの高圧的な態度から一変して、愛想を振りまく姿はまさに狂気を孕んだピエロだ。
こいつの本性はわかりきっている。
次に浮かんだその顔に、支配的な笑みが深く刻まれていたからだ。
「喜べ、アルゥ。お前は虫から犬に昇進だぁ」
「というと?」
「うちのフーリン傭兵団に入れ。なあ、今まで面倒を見てやったよしみでなぁ?」
ここで言うフーリン傭兵団とは、金で雇われ戦場を駆ける傭兵団とは違う。
戦争が終わって、傭兵団の仕事内容も年々変わってきている。
フーリン傭兵団はこの製鉄工房の護衛と管理、そして地下格闘賭博を開催している。
つまり裏社会の経営を意味している。
この辺の治安維持を名目に、暴力で牛耳っている連中ってわけだ。
まあ、街に居座るゴロツキの行き着く先はそんなもんだ。
とはいえ、フーリン傭兵団がここまで幅を利かすようになったのは、ゲース自身の生まれも関係している。
彼は意外にも、由緒正しいお家の出自らしい。
こいつの親父が貴族の三男坊で、実家を出てこの工房を建てたそうだ。
眉唾だと思ってた連中もいたが、フーリンには貴族の親戚がいるからと実際に兵役を免除された。
もちろん、だいたいの貴族は戦場に出る。
臆病風に吹かれたと、貴族の風上にも置けないと言われるからだ。
しかしゲース・フーリンは違った。
なにせ王国から武器製造の依頼を取り付け、戦時中にそれを売りさばいて財を成したのだ。
おかげで戦争が終わった今でも、王国との取引きは続き、俺たちみたいな元兵士は食い扶持を稼がせてもらっている。
足の悪い俺を雇ってくれたのは感謝している。
しかし、それもまたフーリンの戦略の一環だと知っている。
傷ついた二等勇者を雇えば、フーリン製鉄工房の評判は上がる。
『戦い抜いた兵士に敬意を示している』とな。
その評判が、新たな元兵士の労働者を集めてゆく。
だからコイツの手癖が少しばかり悪くても、彼に文句を言う者はいなかった。
なにせゲース・フーリンは出兵してた連中の女房を寝取ったり、娼館に売り飛ばしたりと、やりたい放題だったのだ。
ちなみに衛兵長補佐のネット・ラレールの許嫁を寝取ったのもコイツだ。
そんなわけで。
今日でウンザリする顔を見なくちゃいけない日々ともおさらばだ。
「いいや、俺は辞めるよ」
「やめるって唐突だなぁ、アルゥ」
タダで辞められると思ってるのか?
そうフーリンの眼は語っていた。
やつの背後で静かに立っていた男たちがスッと前に出る。
まるで俺を威圧するように、いつでも殴り飛ばせると指なんかポキポキ鳴らしている。
「落ち着け、アルは腐っても二等勇者殿だ。足が治ったんなら、お前ら二人がかりでも抑えきれねえ」
フーリンは冷静に分析しながら、舐るように俺を見る。
「アルゥ。お前がやめるってなると、損失はザっとこれぐらいだ。払えるかぁ?」
提示された金額は金貨20枚。銀貨にすると2000枚相当で、労働者階級の年収ほどの金額だ。
「フーリン……提案がある」
「あぁ? 勲章に生かされて、過去にすがりつくお前が? 俺様の温情で働かせてもらっているお前ごときが、俺様に交渉を持ちかけるだと?」
「……」
「どうした。何も囀らねえのか?」
こういう時は、へたに口出しはしない方がいい。
フーリンみたいな人物は、自分の思い通りにいかないとすぐに暴発する。
戦場での士官や上官には、プライドの高い連中がウジャウジャいた。そのプライドが時に暴発し、頭に血が登った代償は大きかった。
一つの判断ミスが、命令ミスが、多くの兵士の死を招いたからだ。
その点、ここが戦場じゃないのは感謝できる。
そして扱いやすいゲース・フーリンには感謝すらしてしまう。
「ふぅーったく、これだから傷もんは扱いづらいねぇ。鳴かず、飛べず、餌だけはしっかり貪る。そんな鳥を世間はなんて言うか知ってるか?」
「いいや」
「いいとこ鳥の卑怯者だよ、二等勇者殿」
吐き出してやればいい。
こちらへの怒りも、挑発も。
そうして初めてフーリンは落ち着きを取り戻し、打算を巡らせるだろう。
「まあいい。さんざん世話してやった鳥が、いいとこ鳥なのは許してやろう。二等勇者殿の頼みなら、聞いてやるぐらいの懐はあるさぁ」
ただ、条件を出すのはこちら側だとフーリンは言う。
「俺らフーリン傭兵団が仕切ってる格闘賭博があるだろ。そこの選手として出場しろ。出場料金は金貨20枚でどうだぁ?」
金を取るどころか報酬を出すとはきな臭い。
「大きく出たな……俺に八百長試合をしろって話か?」
「別にそんなのはいらねえ。二等勇者殿が出場するってなったら、客が増えるだろうが」
「俺に賭ける気か?」
よくある手法で、民衆は大番狂わせや大物倒れを期待する。
二等勇者である俺が負けそうな演技をすれば、大熱狂になるだろう。
そして第一、第二、第三ラウンドへ進むにつれて胴元であるフーリン傭兵団は叫ぶ。
『今なら倍率は2倍だ! 3倍だ! 10倍だ! もっと賭ける奴はいるか!?』 とな。
大物が倒れる姿を期待して、みなが大金を突っ込む。
そして俺の対戦相手に賭ける者が増えれば増えるほど————
俺が逆転勝利をした時、胴元は賭け金を丸々かすめ取れる。
いわゆる大儲かりだ。
「いいや? お前の対戦相手に賭けるに決まってんだろぉ?」
ニタリとゲース・フーリンは微笑む。
その瞳は嗜虐の色に染まり、愉悦に浸っていた。
「二等勇者殿がボコボコになる姿が楽しみだなぁ」
正真正銘、俺に勝てる格闘士を準備するらしい。
いや、それどころか俺を試合で殺してしまえば……出場料の金貨20枚も支払わずに済む。そして客も大入りで大儲かり。
使えない駒はギリギリまで絞って使い捨てる、フーリンの考えそうなことだ。
「アルゥ。お前はただ、本気で戦えばいい。俺様の縄張りで足掻いて見せろぉ」
ルールも、試合前のコンディションも。
色々な意味であっちの思うがままだ。
でもまあ気にすることもない。
ゲース・フーリンが試合前に人を寄越し、ちょっかいをかけようものなら全員潰せばいい。
今の俺には『SAKE』があるしな。
◇
銅貨……100円
銀貨……1000円
金貨……10万円
金貨20枚は200万円ですね。
労働者の実収入は税金やらなにやらで搾り取られ、手取り140万円ぐらいです。




