2話 カス衛兵
早朝でも、うっすらと煙がかっている店内を見回す。
気だるげで、世の何もかもを諦めてしまったと、その寂れた店の雰囲気が俺は好きだった。
満たされない日々を生きるのは何も俺だけじゃない。
そんな慰めに浸りつつ、自分の弱さは悟られぬよう……極めて静かにオーダーを出す。
「店主、向かいミルクをたのむ。蜂蜜多めでな」
「アルさん。これ飲んだらいい加減、帰ってくださいよ?」
「あぁ————お代はツケで」
「へいへい」
昨夜の出来事が夢のようだ。
しかし、確かに俺の中にはバッカスじいさんより受け取った力を感じていた。
戦場で目覚めたあのスキルと同じような感覚だ。
:スキルポイント2 → 1:
:【美酒錬成Lv0 → 1 up!!】……素材から『美酒』を生成できる:
ほう、やはりか。
「アルさん、どうぞハニーミルクですよ」
「あぁ……」
さっそく俺はこの手の内にある力を試してみる。
店主より手渡されたハニーミルクへ、イメージを流し込む。
「錬成——」
:『ハニーミルク』 → 『とろける蜂蜜酒』が生成できました:
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『とろける蜂蜜酒』【ランク:美酒】
アルコール3度。子供舌でも飲みやすい、まろやかな味わいが際立つ。
肉体疲労を回復し、大抵の傷を癒す。
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脳裏には錬成結果と、ポーションについての説明が浮かんでくる。
アルコール度数ってのがよくわからないが、概ねの効果は理解できた。
ようは滋養強壮に効くし、傷も治りやすいってやつだな。
さっそく飲んでみると、いつものハニーミルクにほろ苦さが加わった味わいだ。
昨夜、バッカスじいさんと飲んだSAKEと比べると感動は薄い。
だが驚くべきことに、膝の痛みがみるみる引いてゆく。
俺はすぐカウンターを立って足の具合を確認すれば、完全に古傷が治っていた。
そう、戦争で怪我する前と同じように、何の不自由なく足を動かすことができたのだ。
「これが、SAKEの祝福……?」
たった一杯で……歩くたびに激痛が走る毎日から、解放されただと……?
俺は涙がこぼれそうだった。
しかしグッと堪え、店主にさらに注文をする。
「店主、ハニーミルクをもう一杯頼む」
「……へいへい」
「ついでにそうだな。捨てる予定の空き瓶はないか?」
「アルさん、まさかうちのハニーミルクを入れてくんじゃ……」
「頼む。どうしても飲んでほしい奴がいるんだ」
これは、俺だけが享受していい祝福じゃなかった。
戦争で傷つき、行き場を失った者たちを癒さなくてはいけない。
そういう代物だと思ったのだ。
「はぁ……ったく、二等勇者様の頼みなら断れないですよ。無料ミルクを配るなんて商売あがったりなんですけどねえ」
「この恩は必ず返す」
「冗談はよしてくださいよ。ウチは二等勇者様のおかげで、『安心してジュースが飲める』って評判なんですから」
「用心棒になった覚えはないんだかな。それに、こんなガタついた足じゃ……」
用心棒は務まらない。
いつものようにそう自嘲しかけ、ふと完全に治った足に目を落とす。
「いや、店主。何か困ったらすぐ俺に言ってくれ。二等勇者のアル・コールが力になる」
ツケた39杯分ぐらいの働きはできるだろう。
どうやら勇者って勲章も捨てたもんじゃなかった。
◇
さっきまで晴れていた青空は、重たい雲をまとっていた。
まるで戦争の傷跡を残した者の、どんよりした心情のように灰色に覆われつつある。
そんな曇り空の下で、罵声が響く。
「城門を通りたければさっさと並べい! カップルは通行税2割増しだから覚悟しておけよ!」
俺たちの住む城塞都市ギャンブールは、ギャンブール伯爵領の領都であり交通の要衝だ。
王国内でもかなり大きな城塞都市で、今では人口も10万人に膨れ上がっていた。様々な商人や旅人、巡礼者が行き来し、雑多な人種が集う。
そんな人々の出入りを監視するのが衛兵の仕事でもあるのだが……。
「おい、そこの男女二人組! そう、貴様らだ! 貴様らは通行税3割増しだ! でなければ、このギャンブール門を通れないと思え!」
目を血走らせながら叫ぶ男は、筋骨隆々で禿頭、そして隻腕だ。
彼の名はネット・ラレール。衛兵長補佐で一応は出世コースに乗っている。
「あぁ!? 新婚旅行だあ!?」
ネットは左肘から下にかけての鉄塊……義手を振り回し、行商人っぽい夫婦を物凄い剣幕で威圧していた。
「ふざけるな、貴様らの通行税は5割増しだ! いちいち文句を言うな!」
都市にヤバい連中を入れまいと目を光らせるのは衛兵の鑑だろう。
だが、ネットが今やっているのはだたの私怨であり、八つ当たりであり、横領である。
なかなかのカスっぷりだ。
「おいおい、ネット。その辺にしておけよ」
俺は相場の1.5倍の通行税を支払おうとする行商人夫婦へ助け舟を出してやる。
「なんだ。アルじゃねえか」
「おう、ネットは相変わらずカップルに容赦ないな」
「視界に入るだけで苛立つぜ」
「お前の恋人は残された右手だけだからな。大事にしろよ」
「うっせえ。おら、カップルども、とっとと失せろ! ああ、通常料金で通っていい。今回はこの二等勇者様のツラに免じてな」
ホッと胸をなでおろす夫婦に、ネットは憎悪の視線を向ける。
「いいか、てめえらが呑気に商売できてんのも、この戦友が! 二等勇者様や、俺らが! 必死に戦ったおかげってのを忘れんじゃねえぞ!」
「おーおー、そんなに怒鳴り散らしてネットはお優しいねえ」
「ふん、それで二等勇者様がわざわざこんな所まで何しに来たんだ?」
大丈夫なのか? いつもなら仕事の時間だろう? と視線で問い掛けてくるネット。
その眼差しは優しく、夫婦に向けた鋭い眼光との落差がすごい。
「最近じゃお前、シュゴウのジュース屋で飲んだくれてるってよく耳にするぜ?」
「まあ、色々あってな」
「あー……アルさえ良ければ、足が悪くたって働ける部署に俺が推薦状を……って、お前! 足引きずってねえじゃねえか!」
「おう、友よ。今更気付くとはボンクラだな」
「おまっ、どうしたんだよ! よかったじゃねえか!」
ネットは自分のことみたいに歓喜しながら俺に飛びついてきた。
野郎に抱擁されても全く嬉しくないが、自然と口角は上がってしまう。
あと無骨な義手で背中をガンガン叩くのはやめてほしい。痛いだろうが。
「ネット、その義手を外してくれ」
「おう? なんだよ、まだ仕事中だぞ?」
ネットは戦場で仲間を庇い、敵兵に斬られて左腕を失った。
こいつは元々、剣と盾の扱いが上手くてかなり頼りになる。
戦争が終わっても、義手でどうにか衛兵を勤め上げるぐらいには、剣の腕に優れている。もちろん以前のように巧みな盾さばきはできないが、衛兵長補佐ってポストにいるのは伊達じゃない。
ただ、中には『戦争帰りの亡者野郎』なんてやっかむ者もいる。そう、戦時の功績を評価されての人事でもあるからだ。
その辺が気に食わない奴らだっているだろう。
『俺の方が戦える』と、戦争を経験していない……血の気に溢れた若い連中は特にそうだ。
「いいから、義手を外してみろ」
「なんだよしつけえな。もしかして新しい義手でもプレゼントしてくれんのかね」
ネットが失ったのは何も左腕だけじゃない。
戦場での夜はこいつから、『俺には可愛い許嫁がいる。帰ったら結婚するんだ』と何度も自慢されたが、その女すらも失っていた。
戦争が終わって、いざネットが故郷に帰ると……許嫁だった女は寝取られていたのだ。
そう、童貞の衛兵ネット・ラレールは『片手の恋人を大事にしろよ』と仲間うちではよくからかわれている。
それを豪快に笑い飛ばせるぐらいに、ネットは強かった。
「これを飲め……さらに、男になれるぞ」
「ハッ! 男っておめえ、女を抱けば男に磨きがかかるってヤツか? 精力剤なんかいらねえよ」
俺は知っている。
ネットは片腕で、不便な義手をどうにかモノにしようと……毎朝、血の滲むような努力をしていると。
人知れず、ひたすら城壁の影に隠れ、早朝から剣を振っている。
誰にもそんな姿を見せないのは、たまに目から汗を流しているからだろう。
その汗は悔しさなのか、後悔なのか。
悲しみなのか、怒りなのか。
俺には推し量れなかった。
ただ腐らずに、ネットは衛兵として踏ん張り続けている。
「わりいが、俺はもう女なんざ信じねえ。今更、精力剤なんてのを渡されても使いどころがねえ」
「男になるのに、女を知る必要なんてない。ただ、このSAKEの味を知っておけ。本物の男にふさわしい、SAKEの味をな」
「SAKE……? おまっ、昼間からジュースって贅沢な……まあ、馳走してくれんなら、どれどれ……」
俺が手渡したのは先ほど錬成した『とろける蜂蜜酒』だ。
ネットはそれをゴクゴクと飲み干す。
「うおっ、甘くて、トロっとしてて……あっ!? なんだ、左腕がうずきやがる!?」
それから数秒後には、ネットのなくなったはずの左腕は綺麗に元通りになっていた。
ネットは信じられないような顔つきで、何度も何度も自分の左腕を凝視する。
それから手を開き、握り、開いては握るを繰り返した。
「俺の腕がッ! 腕が、戻りやがった……!? おいおいおいおいッ……こ、これなら、もっと上の役職を目指せるぞ……!」
ネットは感動のあまり、人目を憚らずに泣き始めた。
俺はそれを黙って見つめる。
そして治ったばかりの左腕をとって、静かに握手をした。
「これで左手でも握れるな? なに、恋人が2つに増えた礼はいらない」
「ったく、アルっ……お前ってやつぁ」
「ネット。カップルにあんまり噛みつくなよ。お前はもう、両手に花だろ」
「ははっ……アル・コール曹長! 感謝いたします!」
かつての戦友は。
かつての階級で俺を呼び、最上位の敬礼で気持ちを示してくれた。
空模様は相も変わらずの曇天だが、ネットの表情は晴れやかだ。
さて、次はそうだな。
俺の職場へ挨拶にでもいくとするか。




