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堕落の錬金術師 ~最強種の小娘どもが俺のポーション(酒)なしでは生きていけないと迫ってくるんだが~  作者: 星屑ぽんぽん


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1話 勇者と酒


 戦争は終わったと、誰もが口にする。

 激戦区を戦い抜いた第三歩兵連隊の生き残りである俺は、その言葉を聞くたびに虫唾(むしず)が走った。


『アル・コール曹長。いや、二等勇者(・・・・)よ』

『おめでとう、キミは勇敢に戦った』

『陛下より栄誉ある【二等勇者勲章(くんしょう)】が授与された』

『さぞかしご家族(きょうだい)は誇らしいだろう』


 お偉いさんがたは口々に褒め称えた。

 だが手にしたのはわずかな報奨金と無意味な勲章だけ。

 この手からこぼれ落ちたのは、兄弟と仲間の命だ。


 でもあの戦争は、決して喪失ばかりじゃなかった。

 本物だった。

 だから、俺たちは……あの戦いにすがる。

 あの戦争で結ばれた絆と、罪と、勲章に意味を求める。

 

 それがどんなに空虚なものだとわかっていても、すがるしかない。

 俺たちが見た地獄には意味があったんだと、(おも)い続けるしかない。



「大の男が昼間っから働きもせず、ボーっと粗悪な果実水を飲んでるとは世も末じゃなあ」


 行きつけのジュース屋のカウンター席にいると、見知らぬ老人が横に座ってきた。

 不快な絡み方だが、戦時はこんな奴らばかりだった思い出す。

 だから、自然と笑みが浮かんでしまった。


「俺はもう一生分、働いたからな。毎日が休暇だ」


「ほう、一生分稼いだと豪語するわりに身なりが残飯を漁る犬のようじゃ」


「ああ、お国の犬畜生で間違いない」


 実際そうだ。

 俺たちが戦い、平和は守られた。

 だから、街中じゃ横暴に振る舞っても文句は言われない。


 ここのジュース屋の店主も、通算37回目のツケだろうと顔をしかめるだけだ。

 残飯を漁る犬とは上手く言ったものだな。



「戦って、兄弟をむしり取られた。今度は働いて、税金をむしり取られる。じゃあ、残飯でも漁った方がマシじゃないか」


 そう軽口を叩いてみるが、今日はたまの休日で明日は違う。

 生きるための週五日勤務。奴隷のように労働に勤しむ。

 そして善良なジュース屋(市民)から善意のおこぼれを無心する。それが今の俺だ。


「どうにかならんもんかのお」


「どうにもならないな」


 じいさんの問いに、俺は諦めを吐きこぼす。




「……どうにか、したくはないのかの?」



 じいさんの眼はどこまでも冷ややかに、しかしゾッとするほど慈しみに満ちていた。

 相反するその瞳に、俺は狂気を感じた。


 どうにかできるなら、とっくにどうにかしている。

 だけど今はもう、戦地での後遺症でまともに足が動かない。

 膝の痛みは引かないし、おかげで碌な食い扶持にもありつけない。

 

 夜、戦場の夢を見てうなされるのも厄介だ。

 昼間にだって時々ある。


 突然、剣と魔法の轟音が、悲鳴と血しぶきが舞い上がる。

 反射的に……ただの通行人を殴りそうになってる自分に嫌悪する毎日だ。


 おかげで魔力すらまともに練れなくなってしまった。

 暴発するのが怖いんだ。


「…………」


 そんな不安も不満も口には出せなかった。

『俺だけがどうしてこんな目に』って話なら、とっくに喚き散らしてる。

 でもどこにでもある話だ。


 兵役から解放された者の多くが、何かしらの傷を負った。

 自暴自棄になって、おかしくなった奴もいる。

 未だに『敵兵の奇襲だ! 反撃せよ!』なんて妄言を吐き、市民に襲い掛かるクソったれもいる。


 そう、俺みたいなゴロツキはこの街に何人もいた。

 守りたかった人々を、自ら傷つける存在に堕ちるなんざザマはない。

 これが敵兵と戦い、人を殺した報いだと。

 綺麗事ばかり並べ立てる教会から『神罰が下った』と突き付けられている気がする。



「まあ、いい。これを飲んでみるのじゃ」


「なんだ、くれるのか?」


「ああ。命の水じゃ」


「ハッ、そんなもんがあるなら戦場で配ってほしかったな」


 おもむろに手渡されたのは、琥珀色に輝く液体だった。

 美しいカットが施されたグラスに注がれ、氷と黄金の煌めきが散りばめられている。

 中にはシワシワの種が入っていて、変わった果実水だと思った。

 こんな代物、このジュース屋で扱っていたか?


「これは……?」


「梅酒じゃな」


「うめえ……(しゅ)……?」


 匂いはほんのりと甘酸っぱく、フルーティでありながらコク深い。

 毒の可能性もあったが、ただでもらえるもんなら飲んでみるか。

 どうせ大した命じゃないしな。


 そして、うめえ種とやらを口に入れた瞬間————


 口いっぱいに暖かな甘みが広がった。

 わずかな苦みが氷の冷気でキュっと引き締められ、喉にスッと流れ落ちてゆく。


 口の、胸の中で、何かが華やいだ。

 俺は今までにない味わいに思わず言葉を失った。



「この飲み物は一体……」


「酒じゃな」


「SAKE……? お貴族様の飲み物か?」


「いいや。ポーションみたいなものじゃよ」


 老人はニッコリと笑う。


「気分はどうじゃ?」


「……わ、悪くはない」


「うむ。では次じゃ、ほれ」


 本当にいつの間にか、老人の手にはさらなるグラスが鎮座していた。

 大胆でありながら、洗練されたカットが刻まれたグラスには——溶かした夕焼けがたゆたっている。

 店内の灯火に照らされ、グラスが放つ輝きはまさに宝石。そして老人の手の中にあった宝石が揺れ、俺のもとに静かに収まった。


「ウィスキーじゃ」


「ウィー好きー……まるで頭のお気楽な貴族どもが、好みそうな名前だな……」


 かつてウェイッとかウィーッなんて叫び散らし、高級娼婦と乱痴気騒ぎしていた上官たちを思い出す。


 そんな脳裏のイメージを即座に払拭したのは、ウィー好きーの匂いだった。

 その香りは重く、だが決して不快な重厚感ではない。


 木を燻したような懐かしい香り、そしてバニラの深い味わいが鼻孔を突き抜ける。

 

 俺は香りに釣られ、思わずウィー好きーをゆっくり口に運ぶ————

 

 世界がひっくり返るほどの衝撃が走った。

 キツくて、強い。

 炎を呑み込んだように熱く、暗い苦みの中にそれぞれの過去があり、熟成された甘味がふわりと広がる。


 不思議と気分は安らぎ、同時に高揚もしていた。

 もし教会の連中が説く『天の園』ってやつが本当にあるとしたら、今まさに。

 俺が味わっているこれなんじゃないかと、確信できるほどの浮遊感だ。



「……お前は何者だ?」


「我が名は酒神(しゅしん)バッカス。酒の祝福を司る者」


「……今更、神なんざ信じるかよ。あいつらは罰しかくれないしな」


「わしも神々(れんちゅう)など信じておらん。だが、お前のその青い瞳だ」


 バッカスと名乗る老人は黄金に輝く瞳で、俺を凄みながらジッと見つめる。

 その辺の王様なんかよりよっぽど気迫が込もっていると思ったのは、俺がSAKEとやらにやられちまったからなのかもしれない。



「お前さんの青い瞳には、底冷えするような冷徹さと、激情が揺らめいておる。世の不条理に、何も成せない自分に、激しい怒りが灯っておるようじゃ」


 俺の眼を指して、老人バッカスは笑みを深める。


「その悲しみと怒りだけは信じられる。ここの神々なんぞよりのう」


「ははっ、それは光栄だな。で、こんな高級ポーションを振る舞って、バッカスじいさんは俺に何をさせたい?」


「話が早くて助かるのう……そうじゃな、神託を告げるとするなら、うむ。世界に闇が広がりつつある。じゃから、そなたには酒の素晴らしさを広めてほしい」


 バッカスじいさんは胡散臭い口調で告げる。


「お国の兵隊(いぬ)から、神の布教(いぬ)か」


「どう捉えても構わぬが、わしはすぐに消える。ここはつまらぬ世界じゃからな」


「俺の好きにしろってことか。でも、なぜSAKEを広めろなんて言う」


「そうじゃな。酒のない悲しき世に、わしなりの置き土産じゃ」


 そう言って、バッカスじいさんはそっと俺に手を添えた。

 すると本能的に彼の発言が本物だったと納得してしまった。なにせ彼の力そのものが流れ込んでくる感覚を味わったからだ。



:祝福【無法の錬金術師】が与えられました:

:スキルツリー【貯蔵Lv1】、【暴力Lv0】、【美酒錬成Lv0】、【聖杯錬成Lv0】、【武器錬成Lv0】、【煙草錬成Lv0】、【酒場Lv0】を獲得:

:スキルポイント2を獲得しました


 脳裏に響く無機質な声。

 もしかしてこれが教会の神父共が言う、神託とか祝福ってやつなのか……?



「俺が、ポーションを作れるようになった……?」


「酒の浴びすぎは禁物じゃぞ。なんせ時に酒は、人を堕落へと誘うのじゃ」


 そう言って、バッカスのじいさんは不気味に笑いながら更に酒を勧めてきた。

 それから俺たちは今日会ったばかりなのに深夜まで語り合った。


 どんな酒があるのか、どうやって作るのか、酒を活かすにはどうすべきか。

 ああ、話題は尽きない。


 いつぶりだろうか。

 こんなに人と話したのは。


 いつぶりだろうか。

 膝の痛みを忘れられたのは。 


 ——あの戦場がフラッシュバックしなかったのは。

 心の底から会話を楽しめたのは。


 行きずりの他人が、他人ではなくなってゆく。

 これほど楽しい時間を過ごせるSAKEは最高だ。


「そうか————孤独や痛みすらも癒す。これが極上の最高級ポーション『SAKE』か」


「がっはっはっは、もうちょい世界(ここ)が愉快になったらまた遊びに来ようかのう」


「期待していてくれ。その時は美味いSAKEを振る舞おう」


 酒の素晴らしさに溺れて。

 どうやら俺は知らず知らずのうちに、カウンターに突っ伏して寝落ちしていたらしい。


 ——その日の夜は戦場の悪夢を見ずに、ぐっすりと眠れた。





「ア——さん、アルさん、いい加減起きてくださいよ」


 ふと、店主が困り顔で起こしてくれる。

 店内に差し込む朝日が眩しくて、思わず顔をしかめてしまう。


「ったく、バッカスじいさんのせいで飲み過ぎたぞ」


 同じく隣で寝息を立てているであろう、バッカスじいさんに悪態をつくが……彼の姿はなかった。


「店主、バッカスじいさんは?」


「アルさん、何を寝ぼけてるんですか。そんなじいさん知らないですよ」


「え、いや……ほら、俺と一晩中『SAKE』について語り合ってたじいさんだ」


「見たことないですよ。ほら、もう店閉まいですから。二等勇者様が懇意にしてくれるのはありがたいんですが、朝までは勘弁してくださいって」


「あ、ああ……悪かったな」


 まるで朝靄(あさもや)が晴れるように、バッカスじいさんは消えていた。

 宣告通りあのじいさんはどこかへ行ってしまったらしい。

 釈然としなかったが、不思議と頭はスッキリしている。

 やりたいことも決まっていた。


「——『SAKE』、つくるか」


 戦争から帰ってきて、初めて胸に炎が灯った瞬間だった。




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