5話 竜娘
王国は男女平等を謳い、女たちにも戦争への従軍を要請した。
とはいえ女たちには拒否権があった。
国内の女性が減ってしまったら、戦後の国力を復活させるのに難があったからだろう。
そう、女がいなくなれば出生率は下がり、人口は激減する。
人口が減れば労働力が減り、国力は衰退の一途をたどる。
そんなわけで部隊の男女比は男9、女1が平均だった。
しかし、中には100%女子だけで構成された異質な部隊もあった。
それが【竜撃強襲部隊】、すなわち【竜娘】たちだ。
王国が苦しい戦況を打開しようと開発したのが彼女たちで、俺たち兵士にとっては突起戦力であり、英雄でもあった。
彼女たちは苦戦している戦地に投入され、竜と化して敵兵を嵐のごとく砕いてくれる。
兵士たちは、その圧倒的な暴力を目にして士気が上がる。
【竜娘】がいれば俺たちは勝てると、誰もが絶望の中で鼓舞されたのだ。
ただ、戦争後期にもなれば彼女たちの真実が自然に広まるようになった。
『【03竜撃強襲部隊】が壊れたらしいな』
『一緒に戦ってた【第三歩兵連隊】は壊滅だ』
『噂によると【蒼界のブルーノラ】が暴走しちまったらしい』
『王国は彼女たちに何をしたんだ……?』
『ろくでもない人体実験だろうよ』
『あんな子供まで戦わせるなんて、泥沼の地獄だよな』
感謝と恐怖と憐憫。
俺たち兵士が【竜娘】に抱く感情は決まっていた。
なにせ彼女たちのほとんどが孤児院の出身で、何の後ろ盾もない女児ばかりだった。
ある日、事情を知らない少女たちは教会に連れていかれ、魔力の測定を強制される。
そして中でも魔力の高い娘たちだけが、竜に変身する奇跡を施されたらしい。
奇跡という名の呪縛を伴い、戦場を駆ける少女たちに俺たちは何度も救われた。
だが、彼女たちの行きついた先はやはり地獄だったらしい。
戦後、彼女たちがどうなったのか定かではない。
噂によればほとんどの【竜娘】たちが壊れたので、廃棄になったと聞いている。
かろうじて理性を正常に保ち続ける【竜娘】もいるらしいが……大半が貴族様の玩具として飼われていたり、見世物小屋にぶちこまれていたり、奴隷商人の商品になっているそうだ。
どの世界にも好き者ってやつはいる。
彼女たちの更なる末路は暗いものだろう。
俺は目の前の巨大な檻に閉じ込められた【竜娘】を見て、そんな風に思った。
年齢は13歳かそこらの少女だ。
真っ白で美しかったはずの四肢は、今や右腕と左足しか残っていない。
戦場での傷跡か……それとも、暴れぬようにと左肘から右膝にかけて切り刻まれたのか。
乱れて伸び放題の銀髪は、まるで狂った月光のように散らかっている。
可憐な薔薇を思わす紅玉の瞳も、真っ赤な憎悪に濡れていた。
小さくうずくまり、自身の中の獣が暴れないよう必死に戦い続ける姿に胸が痛む。
まだ、彼女たちの戦争も終わってなんかいなかった。
「二等勇者の旦那ぁ、お目が高いですなあ。その【竜娘】をご所望でしたら、一晩金貨10枚になりやす。初物ですぜ?」
奴隷商人のレイ・ド・アキンドーが愛想笑いで商品の説明をしてくれる。
俺は今、ネットから聞いた奴隷商人のもとに訪れていた。
彼は瀟洒な黒ハットをかぶったひげ面の中年で、茶色の瞳は猛禽類を思わせるほどに鋭い。
口調はあくまでヒョウキンで親しみやすい。だが、それは彼の演出である。
こいつは俺の身なりが上等じゃないと知っている。買えるはずのない商品だとわかっていながら懇切丁寧に説明してくれるのは、俺が二等勇者の勲章を持っているからだ。
俺が買えなくとも、俺の伝手を期待している。つまりは勲章を持つ俺の知り合いなら買えるかもと宣伝しているのだ。
「……奴隷としては、売ってないのか?」
「ええ、ええ。この【竜娘】からは【竜の涙】を搾って闇市に流してますんで。奴隷として売っぱらっちまうのは、搾り切った後ですぜ」
ついでに【竜の涙】で魔力を増やしたい知り合いもいないか? と問われている気分だ。
「ははっ、大尉殿も容赦ないな」
戦時中、アキンドーは俺より四つも階級が上の士官だった。
ゲース・フーリンと同じく二世代か三世代前の親が貴族の出で、当然ながら貴族とのコネもある。
つまり、同胞ではあったが油断のならない男だ。
「戦場での二等勇者殿のご活躍と比べたら、私なんて大したことはありませんよ」
とはいえ、と黒ハットを上品にズラしながらアキンドーは声を低めた。
「行為中に竜娘が暴走したら、勇者殿であっても命の保証はないですぜ。返金もいたしません」
「……夜売りはいつからしてるんだ?」
「今晩からですねえ。最近は【竜の涙】もめっきり枯れてきたので」
「……」
【竜の涙】の採取方法は俺にはわからない。
聞いても答えてはくれないだろう。
だが、何となく想像はつく。
戦場において、【竜娘】たちは苦戦すればするほど、その魔力を増大させていた。だからこそ激戦地に送り込まれてばかりの彼女たちだった。
大方、【竜の涙】の流し方も苦痛を伴う手法なのだろう。
体罰で涙が出づらくなったなら、身売りをさせて精神的にも痛めつける。
クズが考えそうな方法だ。
「……大尉殿は戦争が終わってもなお、同胞が傷つくのを容認できるのか?」
「おやおや、二等勇者殿はお優しいですなあ。共にあの地獄を生き抜いた同胞とは思えない甘さっぷりに感動しますよ、ええ」
侮辱の嗤いに、俺は静かな笑みで返す。
「どうやら大尉殿は勘違いしているようだ。剣と魔法の時代が終わった今、金貨の時代なのは俺も理解している」
金貨の前では地位も名誉も買収される。
そして命すらも。
綺麗事よりも金貨だ。
だから竜娘をいくら痛めつけようと、金貨に勝る良心なんてものはない。
「一つ、俺の伝手でシュゴウのジュース屋に新商品を卸そうと思っていてな」
「はあ、それが奴隷商の私と何の関係が?」
「大尉殿は思ったことはないか? この商品は、もっと状態が良ければ高値で売れたと」
「そりゃあ、ありますとも。うちは手広く奴隷を扱ってますからねえ。特に戦争奴隷なんかは、この竜娘みたいに手や足がない粗悪品ばかりですしなあ」
「ここに新商品の『SAKE』がある」
「さ、け……ですか。見たところ、ポーションのようですねえ」
「『とろける蜂蜜酒』という。これをそこの【竜娘】に飲ませてもいいか?」
「うーん……二等勇者殿の勲章にかけて、変なものでなければ容認しますよ……?」
「国王陛下が下賜された、この勲章に賭けて」
「そこまで言うのでしたら、どうぞ……」
俺は檻の中の竜娘にそっと近づいて、『とろける蜂蜜酒』を手渡そうとする。
しかし檻に近づくと、銀髪紅眼の竜娘は低い声で唸り始めた。
頭から生えた双角の切っ先を俺に向け————
次の瞬間、彼女の身体が膨張した。
地の底から響くような轟音が辺りを震撼させ、それはまさに彼女の咆哮だった。
檻をひしゃげるほどの怪力で掴むは、人間など容易く切り裂く爪。
屈強な鱗の体躯と、そして圧倒的な暴力を滲ませた巨大生物。
白き竜は今にも檻を突き破って暴れ出しそうだった。
やはり改めて竜を目の前にするとひどく恐ろしい。
隣で固唾を飲み、ジッと見守るアキンドーも同じ気持ちだろう。
「……」
「…………」
白竜の紅い瞳が俺を見下ろす。
俺もまた彼女をジッと見上げる。
どれほどの時間、見つめ合っていたかはわからない。
俺は彼女が落ち着いた頃合いを図って、自らの胸に軽く手を当てた。
これは戦場での竜娘たちへ捧ぐ敬礼だ。彼女たちに助けられ、『私の鼓動はあなたの牙と爪で守られた』と感謝を伝える仕草である。
白き竜はこちらに敵意がないと察したのか、竜化を解除してくれた。
娘の姿に戻った彼女は、俺が持つSAKEを黙って受け取る。
「飲めるか?」
「……」
竜娘はコクンと頷き、『とろける蜂蜜酒』を飲み干す。
すると俺たちの目の前で、削り取られたはずの右膝から下がみるみる生えてくる。
「に、二等勇者殿……こ、これは……!?」
「さらにもう一本、飲んでみろ」
続けてポーションを飲ませると、今度は竜娘の失われた左肘から下がニョキニョキ生えてきた。
「え、万能薬、ですか!?」
「金貨1000枚相当のエリクサーより効能は低いだろうが、まあそれにしたってなかなかの治癒力だよな、大尉殿?」
「も、もちろんでございます……! 金貨100枚はくだらないかと……」
アキンドーは……俺が敢えてそんな高価なポーションを二本も使い、自分の前で実演した意味を素早く思考する。
「優先的にこの『とろける蜂蜜酒』を売ってもいい。そうだな、一本金貨60枚でどうだ?」
「ろくじゅっ!?」
金貨60枚で買い付け、100枚で売れるなら粗利は金貨40枚。
下手な奴隷を売るより、よほど莫大な利益を生む。
「しかし……どうして、こんな回りくどいことを……」
「俺たちにはこれを売りさばくコネがないからな」
貴族とコネのあるアキンドーなら、このポーションを高値で売りつけられるだろう。
もちろんこいつに流すポーションの数は絞る予定だ。
それでもアキンドーは大儲かりするはず。
「あとは、そう。取引に色をつけてくれればいい」
俺は囚われた竜娘を視線で示す。
「この子を金貨60枚で買おうと思う」
俺はミルハニーポーションを一本、その場で提示する。
「こんな、爆弾を抱えた娘に……金貨60枚……ですか……」
【竜の涙】の相場は金貨1枚。
つまり【竜の涙】60本分の代金で彼女を購入しようとしている。
「まあ、今後の付き合いも兼ねてさらに一本。追加で売ってもいい」
アキンドーはしばらく考え抜いた末に、握手を求めて右腕を出してくる。
俺はそれを無言で掴み、そして握手を交わす。
どうやら、今後ともご贔屓にとのお達しだ。
「晴れてこちら側になったアキンドー大尉殿に尋ねる。これで傷ついた同胞も癒せるな?」
「ええ、ええ、それはもう。私は二等勇者殿の仰る通り、戦争が終わってもなお、同胞が傷つくのは容認できませんからねえ」
にんまりと、互いに黒い笑みをたたえ。
互いの腹の底を探りながらも、俺たちの間では契約が結ばれた。
俺は『とろける蜂蜜酒』を二本渡し、アキンドーは金貨60枚を。そして厳重な檻から竜娘は解放された。
無事、取り引きを終えた俺たちが奴隷商館から出ると、夜空に降り注ぐ月光が優しく出迎えてくれる。
しばらくは無言で夜の街を歩く。
俺の後ろからトボトボついてくる竜娘をチラリと見れば——
少女は久しぶりに外の空気を吸えた感動と。
そして自らの足で道を踏みしめる喜びに震えていた。
静かに涙をこぼし、しかしその歩みを決して止めはしなかった。
俺はそんな彼女の様子を見つつ、アキンドーの手下が後をつけてないか警戒しておく。
追手の心配がなくなったあたりで、俺は竜娘へと向き合った。
うら寂しい閑散とした路地裏には俺と竜娘、そして建物の隙間から見える狭い夜空の星明りだけが佇んでいる。
「これと、これも飲んでおけ」
俺は『捨てられた茶酒』と『忘れられた黒酒』を勧める。
竜娘は再びSAKEを浴びるように飲み始めると、徐々に鋭い雰囲気が霧散してゆく。
よし、これで状態異常や精神疾患も癒されたはず。
最後の決め手はこれだな。
「これはお前の涙で……【竜の涙】で生成したSAKEだ」
「しゃけ……?」
「【銀紅玉の竜酒】と言う」
「しるびーわにん……? わたしの、名前?」
「そうだ。お前の名だ、シルビー」
「どうして、わたしの、名前を知ってるの?」
俺はその問いには答えなかった。
「俺の名はアル・コール」
「あるこーる……?」
ぼんやりと俺の名を呟くシルビーに、このSAKEの効能を説明しておく。
【銀紅玉の竜酒】は、一時的に魔力を大幅に上昇させる。そして竜がこぼした涙には、怒りや興奮を鎮静させるほどの慟哭が染みている。
つまり、竜種の理性を数週間ほど底上げする効果を持つ。
「これを飲めば力を暴走させて、壊れる心配もなくなる」
もちろん定期的に摂取しなくてはいけないが、かなり安全度が増す。
そんな【銀紅玉の竜酒】を口に含んだ竜娘は、先ほどよりもさらに柔らかな表情に変化した。
「頭の中が、すっきり————怖い声が、聞こえなくなった……?」
一体どんな声が、彼女たち竜娘を駆り立てているのかは知りたくもなかった。
ただ今は、【銀紅玉の竜酒】が彼女たちの暴走を防ぐ効能があるとわかればいい。
「よかったな。竜娘はこれで理性を保ち続けられる」
「でも、どうして私を、出してくれたの……?」
竜娘は頬をポーっと赤らめながら、やや焦点の合わない視線で俺を見上げる。
そしてなぜか犬猫のように、頭の角をすりすりと俺にこすりつけてくる。
いつの間にか足取りはふらついており、どうやら一気に色々なSAKEを飲ませた弊害が出たようだ。
俺はSAKE臭い彼女をそっと抱え、答えてやる。
「戦場では散々助けられたからな……同胞として当たり前だ」
それに、と続ける。
「まだまだ借りは返せていない」
先に逝ってしまった【蒼界のブルーノラ】を想う。
でも今、この手の中には【銀月と紅玉のシルビア】が確かに息をしている。
まだどこかで彼女の同胞が、俺たちの同胞が苦しんでいるのなら——
美味いSAKEをふるまってやりたいものだ。
「アルの匂い、雨降りの前みたい……落ち着く、しゅき……」
銀髪の竜娘は、今や普通の町娘のように弱々しく何事かを呟いた。
そして今日までの奴隷生活によほど疲弊していたのか、ふと強張っていた彼女の身体から力が抜け落ちた。
無防備にも、俺の腕の中で眠りこけてしまったらしい。
瞳を閉じて浅い寝息を立てる彼女は——
戦場で最強と慄かれた竜娘からは想像もできない姿で……。
やはり竜娘と言えど、一人の少女であり、戦争の被害者でもあった。




