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堕落の錬金術師 ~最強種の小娘どもが俺のポーション(酒)なしでは生きていけないと迫ってくるんだが~  作者: 星屑ぽんぽん


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12話 伯爵と勇者


「では……私が亡くなった後に、私の竜娘のめんどうを見てはいただけませんか?」


 金髪の幼いお嬢様は、意外にもかなり早い段階でお願いをしてきた。

 貴族にしてはなかなか大胆な発言と態度……というより、自分の大事な大事なペットを出会ったばかりの俺に託すなんて浅はかな気もする。


 いや、これまでの口ぶりからして傭兵団サケカッス・ファミリーの下調べは済んでいる? 俺の人とナリを把握しての発言か?


 それに自分が亡くなった後って、近い将来このお嬢様は死ぬのか?

 それとも政略結婚か何かで、実家で飼っている竜娘を連れてはいけないって比喩なのか……?


 どのみち情報が不足しているな。

 


「竜娘の名は?」


「先の戦争では【陽光のフレア】と」


 おいおい、【陽光のフレア】と言えばギャンブール伯爵夫人が騎竜していた竜娘じゃないか。

 確か戦後はそのままギャンブール伯爵邸に引き取られたって小耳に挟んだが……ってことは目の前のお嬢様は、このギャンブール領都を治める伯爵様の娘なのか!?


 思った以上の大物に動揺の汗がにじむ。

 お忍びの護衛に騎士一人しかつけないなんて、せいぜい準男爵や男爵、最高でも子爵家だろうとアタリをつけていたが……まさか伯爵家の娘だとは……。


 しかし、この驚きを表情に出してはいけない。

 サケカッス・ファミリーの面子がかかっているし、ここでギャンブール伯爵令嬢と対等な立場で借りを作れたら俺たちの未来は明るい。

 

 いや、いや。

 俺は何を打算的に考えている。


 困っているのは竜娘で、かつての戦友だ。

 確かに貴族相手にペコペコすれば尻の穴までむしり取られる。奴らはそれほど傲慢で恐ろしく、それを実行できるほどの権力と権威を持っている。


 だが、ギャンブール伯爵も夫人もそういう類の貴族ではなかった。

 何より……まだ正気を保ち続け、保護されている竜娘がいるなら力になりたい。

 そんな俺の気持ちは、背後に控えていたシルビーも同じだったようだ。



「フレア……生きてる……?」


 シルビーの紅い瞳は、彼女の名を聞いて潤み出す。

 そう、かつての仲間が生きている。

 その喜びはシルビーの瞳から雫となってこぼれ落ちた。


 俺はシルビーの涙をそっと試験官に入れて拭き取ってやる。

 竜娘の喜びの涙もきっとSAKEになる。

 だから俺はお嬢様の前ですら躊躇せずに採取した。


「フレアの自我はまだあるのか?」


「はい。ですが、先日ひどく暴れてしまい……お父様の命によって地下牢で拘束されております。ですから、どうか! 私のフレアをお助けください! お礼はいくらでもしますから、どうかお願いいたします……!」


 必死の嘆願などと、貴族の娘にあるまじき醜態だ。

 しかし、俺はギャンブール伯爵令嬢に心からの笑みを返す。


「戦友が困ってるのなら助けるのは当然だ。礼などいらん」


 俺が強く言い切ると、お嬢様はひどく感動した様子で目を見開いた。



「やっぱり、やっぱりお母様の文に描かれていた通りでした。貴方は戦友を見捨てない勇者だと」


 どうやら今は亡きギャンブール伯爵夫人は、戦死する前に娘と手紙のやり取りをしていたらしい。

 つまり目の前のお嬢様は、その手紙を頼りに俺のところまで尋ねてきたと。


 手紙にどんな内容が書かれていたか定かではないが……ギャンブール夫人と共に騎竜し、空を駆け、そして味方兵を鼓舞した光景が今でも鮮烈に浮かぶ。

 黄金の輝きをまとう竜と、朝焼けを告げるような金髪をなびかせる伯爵夫人。


 彼女が戦地に赴けば、兵士たちがどれほど安堵したか。

 そんな彼女に与えてもらった安堵を、俺が少しばかり返すのも悪くはない。



「このソレイユ・フルベッド・ギャンブール、一生の感謝を捧げますわ」


 貴族の名乗りは、正式に俺を認めた証に他ならない。

 しかもその言葉には、最大級の賛辞も含まれている。


 なるほど。

 幼いながらも凛とした雰囲気、そして綺麗な金髪は確かにギャンブール伯爵夫人を彷彿させる。


 いや、見た目だけじゃないな。

 ギャンブール伯爵夫人は確かに竜娘を愛していた。

 そして、目の前のお嬢様もまた、母の形見である【陽光のフレア】を大切にしているのだろう。


 ならば無作法者の俺でも、拙い礼節で申し訳ないが誠意を示そう。


「どうやら千剣の勇者レディ・ギャンブール様の慈愛と高潔さは、受け継がれたようですね。ギャンブール伯爵令嬢」


「お母様と戦場を共にした二等勇者殿に、そう言っていただけて光栄です。ですが、お母様より継いだこの身はもう間もなく世を去ります」


「……どういう意味、ですか?」


「そのままの意味です。私の寿命は長くはありません……」


 そう告げて、自らのスカートをたくし上げた令嬢は白い柔肌を露わにした。

 淑女にあるまじき行為に護衛の騎士は慌てふためくが、俺は冷静に彼女が見せてきた太ももの刻印を注視する。


 それはアザのようなに13と刻まれていて——



「……【運命の十三命齢(めいれい)】ですか」


「そうです。私は13歳で死ぬ定めにあります」



 運命を定められた者に浮き出る特有の紋様。

 正真正銘の『運命紋』だった。







 ソレイユ・フルベッド・ギャンブール伯爵令嬢との取引きから数日後。

 俺はギャンブール領都の頂点に座す、ギャンブール伯爵邸に招かれていた。


 伯爵邸は想像よりも質素で、豪華絢爛というより質実剛健な印象が強い。

 もちろん邸宅のデザインから調度品の全ては、どれも洗練された上品さがある。

 しかし、この邸宅の(あるじ)は華美な装飾を嫌い、過ごしやすさを重視しているのがわかった。



「ようこそ、アル・クールくん」


 俺をわざわざ出迎えたくれたのは、まさしくこの邸宅の(あるじ)だった。

 四十代前半の紳士は未だ覇気に衰えず、男の全盛期を謳歌している。表情は柔和だが、俺を見据える瞳は竜のように鋭い。

 俺はそんなギャンブール伯爵に対して、軍式の礼をする。


「ハッ! ルーレ・トスロット・ギャンブール少将閣下! このアル・クール! 少将閣下のご邸宅にお招きいただき、感無量であります!」


 ルーレ少将とは戦地で幾度か顔を合わせた仲でもある。

 彼は他の上官と比べて理性的であり、常に兵士の安否を気遣ってくれた。

 作戦立案や遂行力は夫人を凌ぐほどのやり手で、俺にとっては心の底から尊敬できる数少ない上官でもあった。


「ふっ、戦争はもう終わったんだ曹長。どうか肩の力を抜いてほしい」


「ハッ! 恐れ入ります!」


「ふふ。その様子だと、どうやら二等勇者殿は戻られた(・・・・)ようだ」


 一瞬、ルーレ少将閣下の仰る意味がわからなくて首を傾げる。

 すると閣下は朗らかな笑みを浮かべた。



「我が妻が信頼していた……二等勇者殿の腐った姿など目にしたくはなかったからな」


 どうやら戦争帰りの俺が、フーリンの製鉄工房で腐っていたのを知っていたらしい。



「これは、身も心にも痛いお言葉でございます」


 自領の民の事情を把握してるとは、さすがは少将閣下と言いたいところだが……無数の領民の中で、わざわざ俺の動向を見守っていた?


「もしや……ご息女を自分のもとへ遣わしになられたのも閣下のご命令で?」

「いや。娘が勝手にやったことだ」


 ただ、と閣下は立派に整えられた顎鬚をなでる。


「そなたの母上を戦場で何度も助けてくれた勇者殿が、新たなに傭兵団を立ち上げたらしいと。そばには竜娘もいると教えてやっただけだ」


 この数年、俺は落ちぶれていた。

 それでも閣下は、俺が傭兵団を立ち上げ、地下格闘場での一件をいち早く察知していた。

 

 その意味がわからないほどバカではない。

 恐らく戦後も俺に期待をしていてくれたのだ。


 それでもただ静観を貫いたのは、静かな怒りと失望からだろう。

 亡き妻が信じた二等勇者は、男は、その程度のものなのかと。


 だから今日。

 俺はルーレ少将閣下の……いや、戦後初めてルーレ・トスロット・ギャンブール伯爵の期待に応えなければいけない。


「我らが傭兵団サケカッス・ファミリーの信念にかけて、この度は全力を尽くさせていただきます」


「陛下からいただいた勲章にはかけんのか?」


「はい。本日は命を奪う陛下の剣ではなく、戦禍の傷を癒す傭兵団の団長として参りましたので」


「不敬な物言いだな」


 伯爵は辛辣な言葉を吐いたが、その顔はやはり笑っていた。

 どうやら歓迎してくれるらしい。


 俺は伯爵自らに案内され、ソレイユ伯爵令嬢が待つ広間へ腰を落ち着ける。

 それからメイドたちが運んでくる料理を口にしながら3人で食事をとった。



「私はね。娘のそばに【陽光のフレア】を置くのは反対だったのだ」


「お気持ちはお察しいたします」


「何せあの竜娘は、我が妻を戦場で守り切れなかった」


「……私も【蒼界(そうかい)のブルーノラ】を失っております」


「ははっ。残された者の痛みは、ジクジクと膿みやすいものだな」


 伯爵は妻の命を守り切れなかった竜娘に複雑な感情を抱いている。また妻のように、娘の命も奪われるんじゃないかと。

 親なら当然の心配だ。

 娘に爆弾を持たせるようなものだからな。


 竜娘の自我崩壊はそれほど多発している。

 戦後は特に多くの竜娘が理性を失い、暴れ、そして殺処分されていった。


 自分たちで竜化の祝福を授け、用済みになれば神の名のもとに容赦なく切り捨てる。

 それが教会の、王国のやり方だ。



「だが、フレアは妻が残した形見でもある」



 伯爵は令嬢と、そして地下牢に繋がれているだろう竜娘を視る。

 その語り方から、伯爵が妻の忘れ形見をとても大事にしているのが伺えた。

 竜娘への憎しみがジクジクと膿んでゆく一方で、ギャンブール伯爵夫人が残してくれた二つの形見が……互いを大切に思い、絆を育む姿を慈しんできたようだ。


 それから食事が終わると、伯爵は厳かな口調で言った。



「どうか、頼む。傭兵団サケカッス・ファミリーの団長アル・クールよ」


 ギャンブール伯爵家の当主は、はっきりと俺に頭を下げてくれた。

 だから俺もその場で膝をついて、誓いの言葉を胸に刻む。


「お任せください。必ずや、【陽光のフレア】を回復させてみせます」


 それから俺は伯爵や令嬢、そして騎士たちに連れられて地下牢へと赴いた。

 フレアは金髪紅眼の少女で、年齢はシルビーよりやや上の15、6歳に見えた。もちろん性格の方は、それよりも幼いのだろう。


 身体に残る竜の特徴は尻尾であり、スカートの下から黄金の尾がうねっている。

 奴隷商にいたシルビーと違って、フレアには立派な淑女服が着せられている。

 しかし、それが真新しいのは何度も服が破られた痕跡に違いない。



「フーッフーッ……グルゥゥゥゥ……、こ、来ないでッ、フーッ……!」


「見ての通り、先日の暴走からこの通りでな」


「フレアは懸命に暴走を抑えております! 私たちに危害を加えないよう! ですから、どうか!」


 ここにきて今まで沈黙を通してきたソレイユ伯爵令嬢が口を挟んでくる。

 どうやら父と俺の取引きを邪魔せぬように、懸命に口をつぐんでいた鎖は、友の苦しむ姿を目にして容易くちぎれてしまったようだ。



「ご安心を」


 俺はシルビーの時と同じく、ジッとフレアを見つめる。

 それから自らの胸に軽く手を当て、竜娘たちへ捧ぐ敬礼をする。


「【陽光のフレア】よ。お前とお前の竜騎手、ギャンブール伯爵夫人には戦場の空でよく救われた。感謝する」


「……? フーッ、フーッ……ぶ、ブルーノラの、竜騎手?」


「ああ、そうだ。久しいな」


「フーッ、フーッ……僕もキミも、相棒を、失った……!」


 だから内から湧き出る憎しみが消えないと。

 紅い瞳は血涙を流すように爛々と燃え、抑えきれぬ衝動が彼女の腕を膨張させる。

 金色の鱗をビッシリとまとった巨大な右腕が、牢の檻を激しく揺らす。



「ああ。だが今もまた、相棒と思える人がいる。そうだろう?」



 俺がソレイユ伯爵令嬢に視線をやれば、フレアは竜化をどうにか抑え込んで元の少女に戻ろうとする。


「これを飲めば落ち着くぞ、フレア」

「フーッ、フーッ……!」


 俺は檻ごしからゆっくり『捨てられた茶酒(ウーロンハイ)』と『忘れられた黒酒(コークハイ)』を伸ばす。

 病や精神疾患に効くポーションで、今回は貴族様の前でお披露目するから美しい聖杯瓶に入れたまま取り出した。


「【銀月と紅玉のシルビア】もこれを飲んで体調が良くなった」

「し、シルビー、が……? まだ、生きてる?」


 本当はシルビーを連れていたら、説得力は増していたが……そういうわけにもいかない。

 今の伯爵が竜娘に対してどのような感情を抱いているか不明だったし、ただでさえ平民の俺を、お貴族様が歓待するなんて異例中の異例だ。


 そこへ図々しくも、もう一人いいですか? なんて無礼な願いはできない。


 目の前のフレアは確証のない俺の言葉を——

 かつての戦友のよしみから信用してくれた。


 二つのポーションを煽るように飲めば、確かに先ほどより落ち着きは取り戻したように見えた。



「フゥー……嫌な光景は、浮かばなくなった……でも……」


「頭の中に響く声だな。シルビーも言っていた。それはこっちで治るぞ」


 俺はシルビーの涙から生成した『銀紅玉の竜酒(シルビーワイン)』をフレアに続けて飲ませる。

 すると彼女の顔色は見るからによくなり、先ほどまで強張っていた全身の力がフッと抜けた。

 その変化にいち早く気付いたのは、長年そばにいたソレイユ伯爵令嬢だ。


「お父様! フレアです! いつものフレアですわ!」


 ソレイユ伯爵令嬢は歓喜のあまり、騎士へ『牢の鍵を渡しなさい』と詰め寄る。今すぐにでもフレアへ抱き着きたい想いが言動から溢れていた。

 しかしそれを静止するのはもちろんギャンブール伯爵だ。


「ならん。しばらくは様子を見て、大丈夫だと確証を得たら触れ合うのを許可する」

「は、はい……! 私ったら、申し訳ありません」


 淑女の嗜みから逸脱する軽率さに少女は赤面する。

 しかしその表情は、竜娘の回復を見て嬉しそうにはにかんでいた。


 それから小さな伯爵令嬢は俺に向き合って、深く深く頭を下げてくる。



 まったく……。

 ギャンブール伯爵もそうだが、母子そろって貴族らしからぬ振る舞いに、ついつい戸惑ってしまう。


 かつての戦場で、ギャンブール伯爵夫人が……多くの兵士の前で『援護いただきお世話になりました』と、貴族のくせに軽々と頭を下げてきた光景を思い出してしまった。



 

 自然と俺の口角も上がってしまった。




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