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堕落の錬金術師 ~最強種の小娘どもが俺のポーション(酒)なしでは生きていけないと迫ってくるんだが~  作者: 星屑ぽんぽん


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10話 奴隷商とご令嬢


 傭兵団サケカッス・ファミリーを設立してから翌日の朝。

 俺は自室のベッドから起き、窓を開けて早朝の空気を吸いこむ。


 ひんやりと透き通った朝の匂いが、昨夜の酔いを冷ましてくれる。

 やることは山積みだ。


 まずは傭兵団の運営費、つまり13人の兵隊を養う資金源の確保が最優先だろう。

 現在の総資金は金貨154枚(1540万円)。


 一人あたりの給料は金貨2枚(20万円)で、フーリン製鉄工房で働く労働者たちよりやや高いぐらいだ(16万6000円)。


 一月あたり金貨26枚の雇用費か……。

 現状だと約半年分しかない。


 本当のところ基本給は金貨3枚は出してやりたいが、節約せざるを得ないな。

早めに昇給制を採用し、結果を出す者にはボーナスを渡せるようにしよう。

 


「……アル? おはよ」


「起こしてしまったか、シルビー」


 銀髪の竜娘、シルビーが寝ぼけ(まなこ)でソファからフラフラと立ち上がってくる。

 彼女は俺の家で居候中だが、早めに傭兵団の拠点も準備したいところだ。

 できればお貴族様の後ろ盾もあった方が色々と安心できるが……あいにくと貴族との伝手(つて)なんか……いや、待てよ。

 戦場を共にした坊ちゃんたちは元気にしているだろうか?


 俺は色々な意味で懐かしい連中の顔を思い出しながら、朝食の準備にとりかかる。

 まずはフライパンに火をつけて、油をサっとひく。

 そして卵とベーコンを焼き、香ばしい塩コショウを振りかける。

 簡単な調理だ。


「はやく、はやく、お腹ぺこぺこ、ドラゴンぺこぺこ、ぺこぺこします、何でもします、ご飯をちょうだい、ぺっこぽこ♪」


 シルビーは無表情のまま、俺の隣でヘンテコな歌を歌っている。

 しかし口元から涎が垂れており、ベーコンエッグを今か今かと待ちわびていた。



「さあ、できたぞ」


「いただきます!」


 カリッカリのベーコンにふわとろの目玉焼き。

 シルビーとの静かな朝食を経て、俺は活力と癒しを充電する。


 さて、トイレを済ませてシュゴウのジュースに行くか。

 俺がトイレに入り用を足そうとすると、すぐ後ろからシルビーが声をかけてくる。


「あれ? おSAKE、作らないの? もったいない」

「わひょっ!? シ、シルビー……人のトイレ中を覗くな」


「アル。野生じゃトイレ中は格好の狙い時、隙だらけだった。気を付けて」

「ああ……わかったから、もう出てってくれないか?」


「んーでもおSAKE、作らないの?」

「SAKEってまさか……」


 シルビーの視線の先を見て、俺は驚嘆する。

 こいつ、まさか尿でSAKEを作らないのかと尋ねているのか?


「もったいない。ほら、私の涙でもおSAKEは作った」

「いや……まあ……涙と尿は違うぞ?」


「どちらも体液。使えるものは使う、野生の流儀」

「……竜娘ってのは過酷だったんだな」


 いや、俺も戦場で使えるものは全て使っていた。

 あの極限状態に無駄なものなんて一つもなかった。



 俺はいつの間にか、腑抜けていたようだ。

 常に戦場にいるつもりだったが、シルビーの指摘を受けるまで全く気付けなかった。

 そんな自責の念に駆られつつも、用を足すために両脚を軽く開く。



「わかったから、ひとまずトイレから出て行ってくれ。落ち着かない」


「うん、でも、アル。もったいない」


「大丈夫だ。SAKEは作る————」


 俺は自分から放出される尿を眺める。

 昨夜は甘めのSAKEを多く摂取したからなのか、透き通ってはおらず白濁色だ。

 こんなものもSAKEになるのかと好奇心から口ずさむ。


「——【錬成】」


:勇者アル・コールの尿 → 『勇者の聖液(カルピス・サワー)』が錬成できました:



————————————————————

勇者の聖液(カルピス・サワー)』【ランク:美酒】

アルコール7度。極上の甘酸っぱい酸味がやみつきになる。

因果異常【運命紋】をまっさらな白紙に戻す。ただし、その白濁を求める体質に変化してしまう。勇者アル・コールに種付けしてほしい衝動が永続する。

————————————————————



 な、なんだろう……。

 ものすごく禍々しいSAKEができてしまった気がした。





 シルビーを伴ってシュゴウのジュース屋に赴くと、すでに傭兵団サケカッス・ファミリーの面々は集まっていた。

 というのも、さっそく今日から彼らにはジュース屋の護衛についてもらう。


 元兵士なだけあって、隙のない機敏な動きと鋭い視線が飛び交っている。

 程よい緊張感となかなかの迫力だ。

 これなら滅多なことでは、ここを襲おうなんて考える輩はいないだろう。


「みな、ご苦労」

「「「我らが竜娘と勇者殿に!」」」


 軍式の敬礼を俺たちに捧げる兵士たち。


「やりすぎると店の雰囲気が悪くなる。もっとゆったりでいい」

「「「我らが剣に誓って!」」」


 なぜ、このジュース屋に護衛が必要なのか。

 それはもちろん、ここがSAKEを取り扱っているからだ。

 つまりシュゴウのジュース屋は俺たちの商売の要。常に6人~8人体制で護衛を配置する手筈になっている。


 さてさて、そんな屈強な男たちが居座る昼のジュース屋に、お客様のご到着だ。

 二人組の男は身なりのいい恰好で、カウンターに着席するや否や店主に注文を出す。



「甘い甘い、良薬を三つ」


「……」


 そいつらは予め奴隷商のアキンドーに伝えておいた合言葉をこぼす。

 すぐさま店主のシュゴウはこちらに視線を飛ばし、俺はゆったりとそいつらの隣に座る。


「店主。お得意様だ、奥の部屋を借りるぞ」


「ええ、どうぞ」


 お客様について来いと示せば、彼らは主人から俺のことを聞いていたのかすぐさま納得して奥の部屋に入った。

 そこで出迎えたのは大男のカイ・リキと、銀髪の美少女シルビーだ。

 アキンドーの使いはシルビーを見るなりギョッとするが、そんな不快な態度はどうでもいい。


 あまり日をおかずに『とろける蜂蜜酒(ミードポーション)』を求めにきたってことは、販路が確立されたのだろう。

 その辺の話を詳しく聞ければ、俺たちは喜んでポーションを卸すさ。ただし、この交渉に兵士たちの生活がかかっている以上、絶対に舐められるわけにはいかない。



「これはこれは、アキンドーの使いの方々。ようこそ、シュゴウのジュース屋へ。俺は二等勇者のアル・コール。今は傭兵団サケカッス・ファミリーの団長をやっている」


 ニコリと笑えば、アキンドーの使いたちも引きつった笑みで返してくれる。


「アキンドー奴隷商所属、帳簿係のケイサンと申します」

「同じくアキンドー奴隷商所属、調教係のドメスと言います」


 インテリと腕っぷし自慢のセットか。

 まあ、大金を任せるには適任だな。



「それで、甘い良薬はおいくつご所望で?」


「……三つほど、買い付けさせていただけたらと」


 交渉役はやはり帳簿係のケイサンか。


「いくらで、だ?」


「一つにつき金貨90枚でいかがでしょうか」


「ふむ……俺の記憶によれば前回は金貨60枚で譲ったはずだが」


「はい。主は、それはもう良いお取引きだったと絶賛しておりました」


 ケイサンはチラリとシルビーを見て、それから視線を俺に戻す。



「互いにお取引きなさった物は、大事に扱わなければと」


 虫唾の走る物言いだが、相手は奴隷商の一味。

 シルビーを未だに商品扱いする発言に目くじらを立てていては、気持ちのよい取引きなど続かない。


 だが、互いに何を大事にしているのかは把握しておかなければ、良い取引き相手にはなれない。


「ケイサン殿の言うとおりだな。戦場でも金貨をいくら詰もうが、買い戻せないものがあった。死んでいった戦友(・・)も、そのうちの一つか」

 

 金で信頼は買い戻せない。

 そして命もだ。


 次に俺の仲間を、戦友を、物扱いしたらどうなるかわかっているな。

 金貨では取り戻せないぞ?


 やんわりと言葉に気を付けろと忠告してやれば、ケイサンの顔は青から真っ白に変わった。

 しかしそこは腐っても主に交渉役を任された人間だ。

 薄い笑みは絶やさず、コクリと頷いてくれた。


 

「さて、互いを尊重するとのことで合意に至ったわけだが……そちらの誠意の理由をお聞かせ願おう。なぜ、金貨90枚に?」


「はい。率直に申しますと、甘い良薬は思いのほか高値で買っていただけましたので」


 つまり、貴族連中には金貨100枚以上で売れたってわけだ。

 俺たちから金貨90枚で買い取るってことは、金貨130枚~150枚前後だろう。



「ほう……アキンドー奴隷商のみなさんの腕前は、聖職者の説教より信頼できるようだ」


「そのように評価いただき、誠にありがとうございます」


 俺が神の言葉より信頼できると褒めれば、ケイサンはさらに笑みを深めた。



「では、信頼の証に金貨90枚で甘い良薬を3つ、と言いたいところだが……あいにくと今は二つしか売れない。知っての通り貴重なものでな」


「それは……さようですか」


 仕入れ先として、十分な数を用意できないのは信用に欠く。

 だが、ここで『とろける蜂蜜酒(ミードポーション)』を三つ提供すると損をするのはこちらだ。

 ケイサンの口ぶりからするに、おそらくポーションの存在が貴族間に知れ渡ればその価値はもっと上がる。


 ここで金貨90枚で3つも売るのと、少し先の未来で金貨110枚で売るのでは、兵士たちの給料に響く。

 一本につき金貨20枚の差はでかい。


「代わりと言ってはなんだが、こちらの茶色い良薬を売ってやろう」


 俺は『ガラスの聖杯瓶』で浄化済みの『捨てられた茶酒(ウーロンハイ)』を手渡す。


「これは……?」


「あらゆる病に効く良薬だ」


 俺の発言にケイサンは驚愕して目をむいた。



「それはッ……」


 本当か? と言いかけたところで彼は姿勢を正す。

 ここで俺が嘘をついても仕方ない。それに、なくした腕を簡単に生やすポーションを扱ってる俺なら、病を癒すポーションを持っているのも不思議ではない。

 疑ってこちらの心象を悪くするより、素直に信頼している態度を貫いた方が得策だと判断したようだ。


「おいくらで譲っていただけるのでしょうか」


「金貨400枚。お察しの通り、万能薬(エリクサー)よりは効力に劣るからな。『呪毒』と『運命紋』の類に効果はない」


「呪毒や因果以外の病を全て癒せるなんて……病において、ほぼ万能薬(エリクサー)と同等の効能じゃないですか……!」


「ああ。商いの腕前によっては金貨500から600枚でも売れるんじゃないか?」


「すぐに仕入れさせてください、と言いたいところではございますが……主よりそこまでの大金を預かってはおらず。一度、主に意向をお聞きしてからでも——」


「それには及ばない。俺はアキンドー奴隷商のみなを信頼しているな。この『捨てられた茶酒(ウーロンハイ)』が売却できた後で金を持ってくればいいさ」


 破格の条件だ。

 価値が定まっていない貴重な商品を、仕入れ金なしで譲ってもらえるなんて、商人だったら誰もが飛びつく話だ。

 仮に金貨400枚以下の価値にしかならなかった場合、こちらとの交渉の余地もある。


 それに貴族相手であれば、交渉の幅も広い。

 単純な金銭面でのやり取りだけではなく、土地の所有権から鉱山の採掘権など、様々なものが交渉材料になる。


 例えば我が子が難病に侵され、藁にも縋る思いの貴族は探せばいるはず。

そこで一人娘のご当主様(ちちおや)に対し、『お代は娘さんの命の価値で』と仄めかせば、どれだけの利益を引っ張りだせるやら。

 そして実際に享受した利益が『捨てられた茶酒(ウーロンハイ)』の価値となり、アキンドー奴隷商は安心して商売ができる。



 とはいえ、タダで『捨てられた茶酒(ウーロンハイ)』を試させるわけにもいかない。

 そこはケイサンも気付いているだろう。


「……まさか」


「ああ。どこのどいつが、いくらで買ったかさえ聞ければそれでいい」


 そうすれば、この『捨てられた茶酒(ウーロンハイ)』も新たにそちらに卸すラインナップに加えると仄めかす。



「俺の信頼に応えてくれるか?」


「……それは、もう……もちろんでございます!」


 ケイサンは額から脂汗を流しながら、ニッコリと笑った。

 細かい契約書すら交わさないのは、商人としてあるまじき蛮行である。

 だが、戦争では契約や同盟なんてのは簡単に破り捨てられる。

 戦況によって休戦の約束は覆され、脆い平和を、剣と魔法が蹂躙するのは日常茶飯事だった。


 その辺を目の前の男は。

 帳簿係のケイサンはわかっている。

 こいつもまた、戦場帰りの兵長だったと聞く。


 アキンドー奴隷商で働く人物の過去は、かつての戦友たちを通して全て調べ尽くしていた。

 だからこそ、目の前の元兵士は俺たちのやり方に合意した。


『具体的な金額は、戦況によって臨機応変に決めようか』と。

 そして戦場での約束を破った者には——



「互いの戦場が近いと交渉がしやすいな、ケイサン殿」


 互いの居場所がわかっている以上、不義理を働いたらどうなるかわかっているな? と確認をしておく。



「これはもう参りましたなぁ、アル・コール殿のおかげでうちは奴隷商から薬剤商に転向する勢いですよ、アハッ、アハハハッ」


「何か薬事に困ったら、傭兵団サケカッス・ファミリーに相談してくれ」


「いやはや、昨今の傭兵団は戦うだけじゃなく人をも癒すとは……! なんと心強い、これこそ神の祝福ですな! どうかサケカッス・ファミリーに神のご加護があらんことを!」


 ケイサンが教会の教え通り、穏便なやり取りをしましょうなんて退屈な発言をするものだから……ついつい目が細まってしまう。



「アキンドー奴隷商にも竜のご加護があらんことを」


 竜に襲われるか、それとも庇護されるかはお前ら次第だと釘を刺しておく。

こうして顔合わせは終始穏やかな空気で幕を閉じた。



 ケイサンは『とろける蜂蜜種(ミードポーション)』を二つ買い取ってくれたので、軍資金に金貨180枚が追加され懐事情はかなり潤った。

 これなら兵士たちへの給料を金貨3枚にしても大丈夫だろう。




「しかし、あいつらの強欲さを神が罰しないとは……やはり神はアテにならない……」


「あ、兄貴? どういうことですかい?」


 後ろで控えていたカイ・リキは不思議そうな顔で尋ねてくる。


「うちから金貨90枚で買ったSAKEを、貴族どもに金貨140枚で売りつけてみろ。あいつらの利益は金貨50枚だ。」


「大金っすね……」


「随分と美味しい商売だ。もう少し高額で買い取ってもらいたいが、まあいい」


「兄貴は懐が深いっす」


 そういう問題ではないんだがな。

 シンプルに『とろける蜂蜜種(ミードポーション)』の貴族への宣伝費だと思えばいい。

 それにアキンドーが貴族の間で値を釣り上げてくれればくれるほど、『とろける蜂蜜種(ミードポーション)』の価値は上がる。


 アキンドーを足掛かりに、いずれはサケカッス・ファミリーでも貴族と直接やり取りができればいい。

 そうなればポーションの利益はそのまま俺たちのものになる。


 もちろん、アキンドーへは初期からの付き合いに感謝を示すため、定期的に卸す予定ではある。



 そんな風に熟考していると、またもやジュース屋の扉を開ける者が現れた。

 それとなく視線を寄越せば、かなり仕立てのよい服を着た美少女が一人。そんな彼女の背後には、油断のない視線を周囲に向けた女がついている。


 長身の女は平民の服装だが、歩き方から剣ができる者だと一目でわかる。


 おそらく少女の護衛か何かで、少女自身も変装してこのジュース屋を尋ねてきたのだろう。

 とはいえ上質すぎる服の生地のおかげで、だいぶ浮いて見える。



「ここにサケカッス・ファミリーなる傭兵団がいると聞いた! どなたか、かの傭兵団を知る者はいないか!」


 護衛の女はひどく命令し慣れた口調で、ジュース屋の者たちに尋ねてくる。




「やれやれ————今日は来客が多いな」



 俺が店主のシュゴウに笑いかけると、彼はグラスを拭く手を休めておどけてみせた。


「まったく、どなた様のせいですかね」


「おいおい、一杯もお前のジュースを飲まないからってスネるなよ」


「商売あがったりです」


 さきほどSAKEの売り上げ金から、金貨6枚を渡したばかりなのにシュゴウは困った顔をする。

 やはり自分で作ったジュースに誇りがあるのか、一杯も飲まれないと気分が悪いらしい。

 妙な職人気質を持つ男だが、だからこそ俺はここのこだわり抜かれたジュースが好きだ。


「わかったわかった。今後は傭兵団サケカッス・ファミリーと取引きしたい奴は、ここのジュースを注文するって取り決めにしてやる」


「それは願ったり、叶ったりですな」


「そういう訳だ————何も頼まん奴の話など聞いてやる義理はない」


 俺はやんごとなきお嬢ちゃんと、そして護衛の女騎士殿に言い放った。




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