第99話 だけど、先輩には敵わない? 女神の『ぷっくり』と降伏宣言
「……それ……新作、かな……?」
家庭科室のただならぬ修羅場を完全にスルーして、ななか先輩の亜麻色の瞳は、テーブルの上の『和マカロン』と『キャラメル林檎の桃山』に釘付けになっていた。
しかし、ひなたと絵海里のヒロイン協定は、強敵の出現を前にかつてないほどの結束力を見せていた。
「絵海里ちゃん! ここは一時休戦よ! 私たちで伊織を、この先輩の魔の手(?)から守るわよ!」
「うんっ! 相手が学校で一番の美人な先輩でも、伊織の隣は絶対に譲らないんだから!」
二人は僕の前に立ち塞がるようにして両手を広げ、ななか先輩に対してバチバチと牽制の視線を送る。
しかし――。
「……ん。……いい匂い……。伊織くん……これ、食べても……いい……?」
ななか先輩は、威嚇する二人を全く気にする様子もなく、とろんとした瞳で僕だけを見つめておねだりをしてきた。
学園の誰もが崇める『高嶺の花』の、あまりにも無防備な姿。
「あ、はい。もちろんどうぞ、先輩。試食第一号です」
「……ありがとう……」
ななか先輩は嬉しそうに微笑むと、白い指先でそっと『キャラメル林檎の桃山』を摘み上げ、小さく口に運んだ。
はむっ。
もぐもぐもぐ……。
その瞬間、僕の後ろで「ヒッ」と二人が息を呑む音が聞こえた。
ななか先輩の、透き通るような美しい横顔。そこから生み出されるのは、小動物のようにリスみたいに膨らんだ『ぷっくりほっぺ』だった。
学園の女神と称される近寄りがたいオーラと、お菓子を口いっぱいに頬張る無邪気な子供のような愛らしさ。そのとんでもないギャップが、家庭科室の空気を一変させていく。
「……んん……っ。和菓子の、しっとりした甘さのあとに……キャラメルの香ばしさが……ふわぁって、広がって……」
続いて、絵海里の作った『和マカロン』をサクッと齧る。
「……サクサクなのに……中は、もっちり……。黒蜜の甘さが、すごく……やさしい……」
もぐもぐと咀嚼しながら、先輩の亜麻色の髪がさらさらと揺れる。
幸せそうに目を細め、ほっぺをぷっくりと膨らませてお菓子を味わうその姿は、同性であるひなたや絵海里から見ても、圧倒的なまでに『可憐』だったのだろう。
そして、先輩は二つのお菓子を綺麗に平らげると、ふんわりと両手を合わせて――この世界で一番幸せそうな、破壊力抜群の笑顔を咲かせたのだ。
「……すっごく、おいしかった……。伊織くん、ひなたちゃん、絵海里ちゃん……。ごちそうさま……」
天使のような純真さと、女神のような美しさが完璧に融合した、天然無自覚の微笑み。
「「…………っ!!」」
その瞬間。
僕を全力で守ろうとしていた二人の幼馴染は、顔を真っ赤にして、その場にヘナヘナと崩れ落ちた。
「な、なんなのよ、あの可愛さ……! あんな幸せそうに食べられたら、こっちが胸キュンしちゃうじゃない……っ! ズルイ、あんなの反則よ……!」
「ふえぇ……わたしのお菓子食べて、あんな顔してくれるなんて……。先輩、すっごく、綺麗で……可愛い……」
完全に戦意喪失。
圧倒的な『天然の魅力』の前に、看板娘の勝気さも、パティシエールの甘い引力も、一瞬にして撃沈されてしまったのだ。
「……? ふたりとも、どうしたの……? お腹、痛い……?」
「なんでもないです!!」
「なんでもないよぉ……!」
不思議そうに小首を傾げるななか先輩の前で、二人は顔を見合わせ、深く、深ーくため息をついた。
「……はぁ。伊織、あんたが先輩に逆らえなかった理由、ちょっとだけ分かった気がするわ。……今回だけは、コンテストの件、仕方ないわね」
「うん……。あんなお顔で見つめられたら、伊織も断れないよね。……今回だけは、仕方ない、ね」
僕を睨みつけながらも、しぶしぶといった様子で矛を収める二人。
こうして、僕の身に降りかかっていたコンテストを巡る修羅場は、ななか先輩の『ぷっくりほっぺ』と『破壊的な笑顔』によって、平和的(?)に幕を閉じるのだった。




