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第97話 夕暮れの生徒会室。……特別なお願いと、秘密の約束

「さあ、甘野くん! あとは頼んだぞ!!」


 バンッ! と。

 先輩たちに背中を押されるようにして生徒会室の中へ押し込まれた直後、背後の扉が勢いよく閉められた。


「えっ? ちょ、先輩たち!?」


 ガチャリと外から鍵までかけられる音がして、僕は慌てて扉を叩いた。しかし、廊下からは「我々は外で警護にあたる! ななか様、ごゆっくり!」という彼らの気遣いに満ちた声が遠ざかっていくばかりだ。


「……あの。……ごめんなさい、伊織くん」


 不意に、静まり返った部屋の奥から、おっとりとした声が響いた。

 振り返ると、窓から差し込む夕暮れのオレンジ色の光の中に、一人の少女が立っていた。

 透き通るような亜麻色の長い髪が、夕日を受けてキラキラと輝いている。

 学園の誰もが憧れる、ななか先輩だった。


「ななか先輩……! いえ、僕の方は大丈夫なんですけど、その……コンテストのパートナーにご指名いただいたって聞いて。何かの間違いじゃ……」

「……ううん。……間違いじゃ、ないの」


 ななか先輩は、窓辺からゆっくりと僕の方へ歩み寄ってきた。

 いつも通り、お人形のように美しくて、どこか現実離れした空気。けれど、その足取りはどこか躊躇いがちで、亜麻色の長いまつ毛が微かに伏せられていた。


「……私、伊織くんに……お礼が、言いたくて。……いつも、ありがとう……」

「お礼、ですか?」

「……うん。伊織くんがくれるお菓子……。とっても、優しくて。……食べていると、心が……ぽかぽか、するの。……私のこと……ちゃんと、考えて作ってくれてるんだなって……」


 先輩が一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

 夕日の逆光で、先輩の表情がよく見えない。けれど、その声は微かに震えているように聞こえた。


「……私……そういう華やかな場所、あまり……得意じゃ、ないけれど……」


 すぐ目の前で、ななか先輩が立ち止まった。

 そして、ゆっくりと顔を上げ、僕を真っ直ぐに見つめてきた。


「……伊織くんと、なら……いいなって、思ったの。……ダメ、かな……?」


 コテン、と首を傾げて、僕の服の袖をそっと摘む。

 夕暮れの光に照らされた、ほんのりと赤い頬。

 上目遣いでこちらを見つめる、潤んだ瞳。

 普段の凛とした姿からは想像もつかない、あまりにも無防備な『特別なお願い』だった。


「っ……!!」


 僕の心臓は、これまでにないほどのあり得ない音を立てて跳ね上がった。


 お菓子をきっかけに、こんな風に頼ってもらえるなんて。

 何より僕は、お菓子を作るときと同じように、目の前の人の『本当の笑顔』が見たかったのだ。いつも一歩引いて微笑んでいる先輩が、もっと心の底から笑ってくれるなら。


「……ダメじゃないです。むしろ、僕なんかでいいなら」

「えっ……」

「それで先輩が笑顔になってくれるなら……喜んで、やらせてください」


 僕が真っ直ぐにそう答えると、ななか先輩は目を丸くして、それから――ふわりと、花が綻ぶような、それはそれは綺麗な笑顔を見せた。


「……ありがとう、伊織くん。……ふふっ、嬉しいな……」


 夕暮れの生徒会室。

 オレンジ色の光の中で、僕とななか先輩の、まだ誰も知らない秘密の約束が、静かに結ばれた瞬間だった。


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