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第96話 女神を慕う紳士たちからの、熱く誠実なオファー

「じゃあね伊織! 明日の試作、遅れないように準備しておきなさいよ!」

「伊織、また明日ね。マカロンの生地、最高の状態にしておくから」


 嵐のようなメニュー会議を終え、ひなたと絵海里はそれぞれ足早に教室を後にした。

 さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った放課後の教室。僕は一人、机に広げたノートを片付けながら、大きく息を吐き出した。


「ふぅ……さて、僕も帰って桃山の試作に取り掛かるか」


 カバンを肩にかけ、誰もいない廊下へ出ようとした、その時だった。


「――失礼。君が、一年生の甘野伊織くんだね?」


 落ち着いた、けれどどこか切実な声が廊下に響いた。

 顔を上げると、そこには見上げるような体格の上級生たちが数人、僕の前に立ちふさがっていた。全員が『生徒会執行部』などの腕章をつけており、ビシッとした姿勢でこちらを見つめている。


「えっ……? あ、はい。そうですけど……」


(な、なんだろう。もしかして僕、何かルール違反でもしたかな……?)


 少しだけ身構えた僕に対し、中心にいた眼鏡の先輩は、次の瞬間――バサッ、と勢いよく、かつ美しく頭を下げた。周りの先輩たちも、それに合わせて一斉に深くお辞儀をする。


「どうか……! どうか、我々に君の力を貸してほしい!!」

「ええっ!? ちょ、頭上げてください! どうしたんですか!?」


 突然の紳士的な懇願に、僕はあたふたと先輩たちを手の平で制した。

 顔を上げた眼鏡の先輩は、どこか潤んだ熱い瞳で僕の手を両手でギュッと握りしめた。


「単刀直入に言おう。今年の学園祭の『ベストカップルコンテスト』に、……君に森園ななか様のパートナーとして出場していただきたいのだ」

「……はい? ぼ、僕が、ななか先輩とですか?」


 あまりに唐突な名前に、僕は目を丸くした。


「そうだ。我々は皆、影ながらななか様を慕い、お守りしてきたファンだ。学園祭という最高の舞台で、あの方こそが『学園の花』として一番に輝く姿を見たいと心から願っている」

「でも、それならもっと相応しい先輩が……」

「我々もそう思ってお願いした。だが、ななか様はこう仰ったのだ。『……伊織くんなら、出てもいいかな』と!!」


 先輩たちは、まるで奇跡の神託を受けたかのように感極まった表情を浮かべた。


「ななか様は普段、我々に対して優しく微笑んでくださるが、ご自身の我が儘を口にされることは決してない。常に周りに気を配り、一歩引いておられる方だ。そのななか様が、初めてご自身から君の名前を出されたんだ……!」

「先輩が、僕の名前を……」


 熱く語る先輩たちの言葉に、僕はハッとした。

 彼らは決して、無理やり僕を連行しに来たわけじゃない。

 ただ純粋に、ななか先輩の心からの笑顔が見たいのだ。誰よりも彼女を大切に思い、彼女が楽しんでくれることを願う、真っ直ぐで誠実な人たちだった。


(……そっか。先輩たちも、僕と同じなんだ)


 美味しい和菓子を食べた時の、あの無防備な「ぷっくりほっぺ」を引き出したい。

 僕が工房でウンウン唸って試作しているのと同じ熱量を、彼らもまた、ななか先輩に向けているのだ。


「……わかりました」


 僕が真っ直ぐに頷くと、先輩たちは弾かれたように顔を上げた。


「僕も、ななか先輩に喜んでもらいたい気持ちは同じです。僕でよければ、そのコンテスト……やらせてください」

「おおおっ……!! 甘野伊織くん! 君はなんて素晴らしい同志なんだ!!」

「ありがとう! 君とななか様のステージ、我々が全身全霊でサポートさせてもらうぞ!!」


 ガッチリと熱い握手を交わし、先輩たちは涙ぐみながら僕の肩をポンポンと叩いた。


「さあ、そうと決まればさっそく打ち合わせだ! 生徒会室へ行こう!」

「えっ、あ、はい! (……桃山の試作は、夜に頑張るか)」


 先輩たちの情熱的でジェントルなペースに巻き込まれながらも、僕はどこか清々しい気持ちで、夕焼けに染まる廊下を歩き出すのだった。


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