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第95話 秋の新作、和洋が溶け合う魔法のレシピ

 放課後の教室。夕焼けのオレンジ色が床に長い影を落とす中、僕たちの机の上には、走り書きのメモとスケッチが山積みになっていた。


「よし! コンセプトは決まったんだから、次は具体的な目玉メニューね。伊織、やっぱり秋なんだから『栗』か『南瓜』を使った、ずっしり食べ応えのある練り切りはどう? メイドさんが丁寧に点てたお抹茶と一緒に出すのよ!」


 ひなたが拳を握り、鼻息荒く提案する。彼女の「和菓子愛」は、学園祭という祭典を前にしてさらに熱を帯びているようだ。


「ふふっ、ひなたちゃんらしいね。でも……せっかくの学園祭だもん。もっと可愛くて、女の子が思わず写真を撮りたくなるような、宝石みたいな洋菓子もいいと思うんだ。エディブルフラワーを飾ったプティ・フールとか……」


 絵海里がふんわりと微笑みながら、パリの街角で見かけるようなお洒落なスケッチを差し出す。

 右からは「伝統と真心」を重んじる和菓子の引力、左からは「色彩と感性」を重視する洋菓子の魅力。

 僕は二人の間に挟まれ、唸りながらノートを見つめた。


「ちょっと伊織! なに真剣に悩んでるのよ! あんた和菓子屋の跡取りでしょ!」


 僕が黙り込んでいると、ひなたがグイッと僕の右腕を引き寄せて、至近距離から睨みつけてきた。


「え、いや、でも学園祭だし、見た目の華やかさも大事かなって……」

「なによ、絵海里ちゃんのお洒落なスケッチにデレデレしちゃって! あんたの和菓子への愛はその程度だったの!?」

「デレデレなんてしてないって!」


 慌てて弁解する僕の左袖を、今度は絵海里がちょこんと摘んだ。


「ふふっ。でも伊織、この間『一緒に洋菓子作りたい』って言ったら、嬉しそうだったよね? わたしとの……『初めての共同作業』、楽しみじゃない?」

「きょっ!? 共同作業!?」


 絵海里の放ったとんでもないワードに、ひなたの顔が一瞬で沸騰したように真っ赤になる。


「なっ……ななな、何言ってんのよ絵海里ちゃん! ケーキ入刀みたいな言い方しないでよね! だいたい、伊織と共同作業するなら、ずっと一緒にいる幼馴染の私の方が先でしょ!」

「だめかな? じゃあ、伊織がカフェのマスターで、わたしがお菓子を焼く奥さんで……ひなたちゃんは、お店に毎日遊びに来る、元気で可愛い常連さん、とか。ふふっ、おままごとみたいで楽しいね」


 争う気など全くない、柔らかくて無邪気な絵海里の言葉。しかし、そのナチュラルな包囲網は、ひなたの導火線に特大の火を注ぐ結果となった。


「常連!? 完全に蚊帳の外じゃない! そもそも私は三色堂の看板娘なのよ! ちょっと伊織、あんたからもなんとか言いなさいよ! どっちと共同作業したいのよ!!」

「なんで僕が怒られてるんだよ!? ていうか二人とも腕引っ張らないで、ノート書けないから!」


 右からギャーギャーと詰め寄る看板娘と、左からフワフワと微笑みながら腕に寄り添ってくるパティシエール。

 僕は完全にカオスと化した状況を収拾するため、パンッと柏手を打った。


「二人とも、落ち着いて! 喧嘩しなくても……どっちも魅力的だし、さっき決めた『和洋折衷』のコンセプトにもぴったりだ。だから、今回は『洋菓子ベースの和』と『和菓子ベースの洋』、両方の看板メニューを用意しようと思うんだ」

「……両方?」


 ひなたと絵海里が顔を見合わせる。僕は、絵海里のスケッチと自分の和菓子ノートを交互に指差した。


「まずは洋菓子ベース。絵海里の得意なマカロンを、和の素材でアレンジしたいんだ。生地にきな粉や宇治抹茶を練り込んで、中には濃厚な黒蜜のガナッシュと、アクセントに求肥を忍ばせる……名付けて『和マカロン』。これなら見た目は洋風で可愛いし、食べるとしっかり和の深みが味わえるだろ?」

「わぁ……! マカロンのサクッとした食感の中に、モチモチの求肥。それ、絶対楽しいよ、伊織!」


 絵海里が目を輝かせて僕の手を取る。その柔らかい感触にドギマギしながら、僕はひなたの方を向いた。


「そして和菓子ベースの目玉は、伝統的な『桃山』をアレンジしたいんだ。白餡に卵黄を混ぜて焼く桃山の生地に、バターでじっくり煮詰めた『キャラメル林檎』を包み込む。和のしっとりした食感の中から、洋風の甘酸っぱい香りが溢れ出すんだ。……どうかな、ひなた」


 ひなたは一瞬、ハッとしたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうに口角を上げた。


「……キャラメル林檎の、桃山。和菓子の技法は崩さずに、中身で遊びを入れるのね。いいじゃない! それならうちのおじいちゃんも納得するくらいのクオリティが出せそうだわ」

「ふふっ。マカロンはわたしが監修するね。桃山の林檎の煮詰め方は、わたしのキャラメルソースのレシピ、教えてあげる!」


 絵海里がフワフワと微笑み、ひなたも「負けないわよ!」とノートを広げる。

 タイプの違う二人の幼馴染が、僕の提案したメニューを軸にして、一つの完成形に向かって熱を帯びていく。


「よーし、そうと決まれば試作の準備ね! 伊織、明日の放課後は調理実習室を予約しておいて!」

「ああ、任せろ。最高のものを作ろう」


 夕闇が迫る教室で、僕たちの夢が詰まった「和洋折衷メニュー」が形になっていく。

 けれど、この充実した時間の直後に、僕を待ち受けている「嵐」のことなど、この時の僕はまだ、露ほども疑っていなかった。


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