第93話 教室の嵐を止めた、お菓子への誠実
「和風よ!」「いや、絶対洋風だ!」
教室が完全に二つの派閥に分かれ、僕の右と左でひなたと絵海里の静かなる圧力がピークに達しようとしていた時。
クラスの女子の一人が、目を輝かせながら提案した。
「ねえ、洋風にするならさ、やっぱり可愛いショートケーキとか、生クリームたっぷりのパフェとか出したいな! 絵海里ちゃんがいれば絶対美味しく作れるよね!?」
「あ、それ賛成!」「メイド服でケーキ運ぶとか最高じゃん!」
その提案にクラス中がワッと沸き立った。
しかし――僕の頭の中で、お菓子を作る者としての警報が鳴り響いた。
和菓子も洋菓子も、せっかく作るならお客さんに一番美味しい状態で食べてほしい。僕は少しだけ躊躇いながらも、立ち上がって声を上げた。
「あ、あのさ……! 生菓子を出すのは、ちょっと考え直したほうがいいかもしれない」
ピタリ、と。教室中の視線が僕に集まる。
「文化祭の模擬店って、保健所の衛生ルールがすごく厳しいんだ。それに、家庭科室の限られた冷蔵庫じゃ、何十人分ものケーキを冷やして温度管理するのは難しくて……」
僕は、クラスメイトたちの顔を見渡しながら、一生懸命に言葉を探した。
「せっかくみんなで頑張るなら、ぬるくなった生クリームや、パサパサのスポンジを出したくないだろ? だから……常温でも安全に、最高の美味しさを出せる『焼き菓子』にするのはどうかな」
教室は一瞬、水を打ったように静まり返った。
やがて、男子の一人が「おおっ……」と感嘆の声を漏らした。
「なんか今の甘野、すげえ職人っぽくてカッコよくなかったか?」
「なんだかんだ言って、やっぱり和菓子屋の跡取りなんだな。すげえ説得力だ」
「確かに、食中毒出したら元も子もないし、美味しくないの出すのは嫌だもんな」
僕の、不器用だけどお菓子への愛情を込めた提案に、クラス中から感心の声が上がり始める。その空気に少しだけホッとしながら、僕はさらに言葉を続けた。
「だから……和風か洋風かも、どっちかを選ぶ必要はないと思うんだ。……どっちの良さも、合わせちゃえばいい」
「どっちも?」
「うん。絵海里のすごい『焼き菓子』の技術に、僕やひなたが知ってる抹茶や小豆、きな粉みたいな『和の素材』を組み合わせるんだ。名付けて『和洋折衷カフェ』。これなら、メイド服にも和装アレンジにも合うし、設備の問題もクリアして、みんなに最高に美味しいって言ってもらえるお菓子が出せると思うんだ!」
僕が笑顔でそう提案すると、教室中から「それだ!!」という割れんばかりの歓声が上がった。
ふう、と息を吐いて席に座ると、右隣のひなたが腕を組みながら、少しだけ頬を染めて僕を見ていた。
「……ま、まあ? 伊織がそこまで言うなら、仕方ないわね。和の心を取り入れるなら、私の出番もたっぷりあるってわけだし。一緒に最高のお店にしてあげるわよ!」
ツンとそっぽを向きながらも、ひなたの口元は嬉しそうに緩んでいる。
そして左隣からは、絵海里がふんわりと花が咲くような笑顔で僕の袖を引いた。
「ふふっ。伊織、お菓子のことになると本当に真剣で……すっごくカッコよかったよ。和の素材を取り入れた洋菓子かぁ。なんだかワクワクしてきちゃった。伊織がそう言うなら、わたしも大賛成。これから、一緒にいーっぱいメニュー考えようね?」
右から勝気で頼もしい笑顔、左から甘くてフワフワな微笑み。
こうして、僕たちのクラスは「和洋折衷メイドカフェ」という最高の落とし所を見つけた。
ただし、それは同時に『ひなたと絵海里に挟まれながら、終わりのない新作メニュー開発地獄(天国?)の幕開け』を意味していることに、この時の僕はまだ気づいていなかったのだった。




