第91話 喧騒のホームルームと、二人のメイド宣言
遊園地での甘くドタバタな休日を終え、季節はいよいよ晩夏から初秋へと移ろうとしていた。
ホームルームの時間がやってくると、教室の空気はいつもとは違う熱気に包まれていた。
「さて、そろそろ今年の学園祭の出し物を決めたいと思う!」
黒板の前に立った学級委員の言葉に、クラス中がそわそわと色めき立つ。
夏休みが明けて二学期が始まったばかりだというのに、うちの学校のメインイベントである学園祭は、もう一ヶ月後に迫っている。今日出し物を決めれば、明日からはさっそく怒涛の準備期間がスタートするというわけだ。
いくつか意見が出た後、教室の後ろの方から男子の一人が勢いよく立ち上がった。
「メイド喫茶はどうだ! うちのクラスには、最強の逸材が転校してきたじゃないか!」
その言葉に、男子たちの視線が一斉に僕の左側――絵海里へと集中する。
「おぉっ、確かに! 絵海里ちゃん、絶対メイド服似合うって!」
「あのフワフワした笑顔で『おかえりなさいませ』とか言われたら、俺たち絶対に昇天する自信があるぞ!」
男子たちの鼻息荒い妄想に、教室のボルテージが一気に跳ね上がる。
そんな騒ぎをピシャリと遮ったのは、僕の右隣の席から勢いよく立ち上がったひなただった。
「ちょっと男子! あんたたちの煩悩の塊みたいな理由でクラスの出し物を決めないでよね! だいたい、絵海里ちゃんをそんな目で見るなんてサイテー!」
バンッ!と机を叩いて仁王立ちするひなた。持ち前の正義感と、絵海里を守ろうとする勝気なツッコミに、男子たちが「うっ……」と怯む。
けれど、当の守られた絵海里本人はというと、怒るどころかふんわりとした笑顔のまま、コテンと首を傾げていた。
「メイドさんのお洋服……。エプロンにフリフリがついてて、すごく可愛いよね。フランスのカフェでも、たまにそういう可愛い制服のところがあったなぁ」
そして、彼女の大きな瞳がスッと僕に向けられる。
「……ねえ、伊織」
「えっ、僕?」
「伊織は……わたしがメイド服着たら、見てみたい?」
上目遣いで、少しだけ潤んだ瞳。その甘くて無防備すぎる直球の問いかけに、僕の思考回路は一瞬でショートした。
「え、あ、いや……そりゃ、その……すっごく、似合うとは思う、けど……」
「ふふっ。そっか。……じゃあわたし、伊織に可愛いって言ってもらうために、メイドさんやってみたいな」
ドカンッ!と。教室中の男子の理性が吹き飛ぶ音がした。
お人好しで感覚派な彼女は、誰かを喜ばせたいという純粋な気持ちだけで、とんでもない破壊力の言葉を紡ぎ出す。
「(なっ……!? ちょっ、待って! このままじゃ伊織が、絵海里ちゃんのフリフリメイド服に完全に骨抜きにされちゃうじゃない……!)」
先ほどまで「サイテー!」と男子を咎めていたひなただったが、隣で顔を青くしたり赤くしたりしながら、小声でワナワナと呟き始めた。そして、意を決したように再びバンッ!と机を両手で叩いた。
「な、なによ! メイド服くらい、私だって着こなせるわよ! だてに毎日、三色堂の看板娘やってるわけじゃないんだからね! 伊織だって、私のメイド姿……見たいでしょ!?」
「ええっ!? ひ、ひなたまで!?」
「伊織には、わたしのメイド姿を一番に見てほしいな」
右から「看板娘の意地」をかけたメイド宣言、左から「可愛い」を狙い撃ちするフワフワなメイド志願。
二人のヒロインが僕を挟んでバチバチと火花を散らし始めたその瞬間、クラスの男子たちは固く握手を交わし、大きく頷き合っていた。
そして意外なことに、女子たちの方も「まあ、可愛いフリフリの衣装が着られるなら悪くないかも」「絵海里ちゃんと一緒にデザイン選ぶの楽しそう!」と、まんざらでもない様子でキャーキャーと盛り上がり始めている。
「……決まりだな」
「ああ。俺たちのクラスは、メイド喫茶だ!!」
「「「うおおおおおっ!!!」」」
かくして、僕の意見など入り込む隙も全くないまま、満場一致と二人のヒロインの対抗心により、僕たちのクラスの出し物は「メイド喫茶」に決定してしまったのだった。




