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第90話 夕焼けの観覧車、秋の始まり。オレンジ色に染まる特等席

 遊園地の空が、少しずつオレンジ色に染まり始めた頃。

 僕たちは今日最後のアトラクションである、巨大な観覧車の乗り場へとやってきた。


「ねえ、伊織」


 列に並んで順番を待っていると、左袖をちょこんと引かれた。

 振り返ると、絵海里が少しだけ上目遣いで、潤んだ瞳をこちらに向けていた。


「観覧車……わたしと、二人きりで乗れないかな?」

「えっ?」

「ダメ! 絶対にダメ!!」


 僕が返事をするより早く、右側にいたひなたが物凄い勢いでカットインしてきた。

 絵海里のふんわりとした、しかし確実な殺傷能力を秘めたおねだりに、ひなたの『幼馴染レーダー』が最大級の危険信号をキャッチしたらしい。


「観覧車の密室で二人きりなんて、絶対に許さないんだから! ここは三人で乗るの! いいわね!?」

「ふふっ、残念。ひなたちゃんには敵わないなぁ」


 絵海里はちっとも悪びれる様子もなく、コテンと首を傾げて笑う。

 こうして、バチバチの攻防戦の末に、僕たちは三人揃ってひとつのゴンドラに乗り込むことになった。


 ゆっくりと高度を上げていくゴンドラの中。

 向かい合わせの席もあるというのに、なぜか僕の右側にはひなたが、左側には絵海里がピタリとくっついて座っている。


「ほ、ほら、二人とも。向かいの席も空いてるぞ?」

「何言ってんの! こっち側の方が景色がいいのよ!」

「そうだよ。それに、伊織の隣があったかくて落ち着くから」


 完全に逃げ場を失った僕は、右から伝わる元気な体温と、左から香る甘い匂いに挟まれたまま、大人しく真ん中に収まるしかなかった。

 やがて、ゴンドラが頂上付近に差し掛かると、窓の外には息を呑むような夕景が広がった。


「うわぁっ……! 伊織、見て! すっごい綺麗な夕日!」


 ひなたが身を乗り出し、窓の外を指差して無邪気にはしゃぐ。

 オレンジ色の光をいっぱいに浴びた彼女の横顔は、遊園地のイルミネーションなんかよりずっとキラキラと輝いていて、見ているこっちまで自然と笑顔になってしまうような、真っ直ぐな魅力に溢れていた。


「本当だ、すご綺麗だな……」


 僕がそう呟いて左側に視線を戻した瞬間。

 ドクン、と。心臓が、今日一番の大きな音を立てた。


「……今日は、すっごく楽しかったね、伊織」


 夕焼けの光を背に受けた絵海里が、僕の肩にそっと寄り添いながら、静かに微笑んでいた。

 フワフワとしたいつもの笑顔の奥に、ほんの少しだけ大人びた、しっとりとした色香が滲んでいる。長いまつ毛が落とす影と、夕日を受けて透き通るような栗色の髪。

 幻想的で、あまりにも美しすぎるその表情に、僕は完全に言葉を失ってしまった。


「ああ……うん。僕も、楽しかったよ」


 なんとか絞り出した僕の声は、自分でも驚くくらい擦れていた。

 右には、太陽みたいに眩しくて元気なひなた。

 左には、夕暮れによく似合う、甘くて綺麗な絵海里。


 ゴンドラの中は、オレンジ色の光と、二人の女の子の甘い香りで満たされている。

 季節はこれから、少しずつ涼しい秋へと向かっていく。

 けれど、僕の隣にあるこの騒がしくて、キラキラして、どうしようもなく甘い熱だけは、冷めるどころかますます加速していくばかりだ。


 秋の空に溶けていく夕日を眺めながら、僕は、この賑やかで甘い関係がずっと続いていくような、そんな確かな予感に胸を焦がしていた。


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