第78話 りんご飴と金魚すくい。屋台の明かりに照らされた、三人の賑やかな夜
「あーっ! また破れた! 伊織、あんた何かズルしてない!?」
「してないって。ひなた、力みすぎなんだよ。水の中に入れる時はもっと斜めに……ほら、こうやって」
「キーッ! 伊織のくせに生意気! おじさん、もう一回!」
境内にずらりと並んだ屋台。
その中の一つ、金魚すくいの水槽の前で、ひなたは浴衣の袖をまくり上げてすっかり熱中していた。持ち前の勝ち気さに火がついたのか、僕が三匹すくったのを見て、どうしても自分の方が多くすくわないと気が済まないらしい。
「ほら、伊織ももう一回勝負よ!」
「いや、僕はもういいよ。これ以上すくっても持って帰れないし……」
そんな僕たちのドタバタとしたやり取りを、絵海里は少し離れた場所からふんわりと微笑んで見守っていた。
彼女の小さな手には、さっき僕が奢った真っ赤なりんご飴が握られている。
「絵海里はやらなくていいの? 奢るよ」
「うん、わたしは見てるだけで十分楽しいから」
絵海里はそう言って、嬉しそうに首を横に振った。
屋台の裸電球に照らされた彼女の瞳は、水槽を泳ぐ金魚の朱色や、りんご飴の艶やかな赤、すれ違う人々のカラフルな綿飴の色を、とても愛おしそうに映し出している。
フランスの厨房で完璧な数字と向き合っていた彼女は今、このお祭りの熱気や、遠くから聞こえるお囃子の音、そして僕とひなたが笑い合うこの空間の温度そのものを、持ち前の豊かな感性で心地よく吸収しているようだった。
厨房で技術を研ぎ澄まし、完璧なレシピを追い求めるのではなく。
ただ、大切な人たちと同じ時間を共有して、その温かさを心の底から味わう。すっかり肩の力が抜けた彼女は、本来の純粋な「お菓子好きの女の子」の顔に戻っていた。
「あ、見て伊織。あっちの屋台の飴細工、すっごく綺麗な色」
「本当だ。絵海里の金魚柄の浴衣みたいに、涼しげな色だな」
「ふふっ。なんだか、新しいお菓子のヒントになりそう」
りんご飴を一口かじりながら、絵海里が甘く目を細める。
その無防備で柔らかい笑顔を見ていると、僕の胸の奥までじんわりと温かくなっていく気がした。
「ちょっと伊織! 絵海里ちゃんと二人でいい雰囲気になってないで、私の勇姿を見なさいよ! ほら、大物ゲット!」
「わあ、すごい! ひなたちゃん、上手!」
振り返ったひなたが、破れかけのポイで見事に立派な黒出目金をすくい上げ、得意げに笑う。
それを見た絵海里も、りんご飴を持ったままパチパチと拍手をして無邪気に笑った。
「……やっぱり、お祭りはこうでなくちゃな」
僕は小さく呟いて、笑い合う二人のそばへと歩み寄る。
屋台のオレンジ色の温かい明かりが、僕たち三人の姿を優しく照らし出していた。
ふと視線を落とすと、足元に伸びた三つの影は、どれが誰のものかわからないくらいに長く、そしてピタリと重なり合って揺れていた。




