表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

77/79

第77話 お囃子の音に背中を押されて。朝顔と金魚に挟まれる、甘くて少し熱い夏祭り

 縁側でお互いの絆を確かめ合ってから、数日後。

 すっかりスランプを脱して、視界も心も晴れやかになった僕を待っていたのは、街が一年で一番の賑わいを見せる夏祭りの日だった。


「遅ーい! 伊織のくせに、女の子を待たせるなんて百年早いわよ!」


 神社の鳥居前。

 待ち合わせ場所に駆けつけた僕を出迎えたのは、ひなたの威勢のいいお説教……ではなく、見違えるほど華やかな浴衣姿の幼馴染二人だった。


「ごめんごめん、ちょっと道が混んでて……って、ふたりとも」


 僕は思わず、言葉を失って立ち尽くした。


「ふふん、どう? 見惚れた?」


 得意げに胸を張るひなたは、紺地にパッと目を引く朝顔柄の浴衣を着ていた。いつも活発に結んでいる髪はお団子にまとめられていて、すっきりと出したうなじがやけに大人びて見えてドキリとする。


「伊織、似合ってる……かな?」


 そして、ひなたの隣でふんわりと微笑む絵海里。

 彼女が身を包んでいたのは、淡い金魚柄の浴衣だった。いつもは洋菓子職人の卵らしい凛とした雰囲気があるけれど、今日は帯に揺れる飾りのせいか、どこか儚げで、目が離せなくなるような不思議な色香があった。


 二人とも、反則級に可愛い。


「あー……うん。二人とも、すごく似合ってる。綺麗で、ちょっとびっくりした」

「ちょっと、なに照れてんのよ! ほら、行くわよ! 言っとくけど、今日のお祭りデートは伊織の奢りだからね! 焼きそばにイカ焼きに、りんご飴も!」


 ひなたがぐいっと僕の右腕に腕を絡ませて、強引に引っ張り出す。

 いつも通りの元気なひなた。

 ……なんだけど、腕に当たる柔らかな感触と、ふわりと香る石鹸のような匂いに、僕の顔は一気に熱くなった。


「ちょ、ひなた、腕っ……!」

「なによ、幼馴染の特権でしょ。それとも嫌なの?」

「嫌じゃないけど、歩きにくっ——」

「……伊織」


 右腕でギャーギャー騒いでいると、今度は左側から、涼やかな声が降ってきた。

 見ると、絵海里が少しだけ上目遣いで、僕の浴衣の袖をちょこんと摘んでいた。


「……すごく人、多いね。はぐれないように……手、繋いでもいい?」

「えっ」


 コテン、と首を傾げる絵海里。

 フランス仕込みの完璧なパティシエールはどこへやら。肩の力が抜けて、本来のふんわりとした優しさを取り戻した彼女は、昔以上の無防備な甘さで僕の心を揺さぶってくる。


「ちょっ、絵海里ちゃんズルい! 私も手繋ぐ!」

「ふふっ、ひなたちゃんは腕組んでるからいいでしょ? 伊織の左手は、わたしの」


 バチバチッ!

 二人の視線が交差した瞬間、火花が散ったような気がしたのは気のせいだろうか。


 すっかり元の仲良しに戻った三人。

 けれど、右には勝気で可愛い看板娘、左には本来の温かさを取り戻したパティシエール。


 僕を挟んで歩く二人の間には、以前のただの幼馴染とは違う、甘くて、そして少しだけヒリヒリするような熱い空気が漂っていた。


「さ、行くよ伊織!」

「伊織、りんご飴ほしいな」

「お、おう……!」


 屋台のオレンジ色の明かりと、お囃子の音。

 職人の卵である僕は、最強の幼馴染二人に両側から完全にホールドされたまま、タジタジになってお祭りの喧騒へと足を踏み入れていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ