第77話 お囃子の音に背中を押されて。朝顔と金魚に挟まれる、甘くて少し熱い夏祭り
縁側でお互いの絆を確かめ合ってから、数日後。
すっかりスランプを脱して、視界も心も晴れやかになった僕を待っていたのは、街が一年で一番の賑わいを見せる夏祭りの日だった。
「遅ーい! 伊織のくせに、女の子を待たせるなんて百年早いわよ!」
神社の鳥居前。
待ち合わせ場所に駆けつけた僕を出迎えたのは、ひなたの威勢のいいお説教……ではなく、見違えるほど華やかな浴衣姿の幼馴染二人だった。
「ごめんごめん、ちょっと道が混んでて……って、ふたりとも」
僕は思わず、言葉を失って立ち尽くした。
「ふふん、どう? 見惚れた?」
得意げに胸を張るひなたは、紺地にパッと目を引く朝顔柄の浴衣を着ていた。いつも活発に結んでいる髪はお団子にまとめられていて、すっきりと出したうなじがやけに大人びて見えてドキリとする。
「伊織、似合ってる……かな?」
そして、ひなたの隣でふんわりと微笑む絵海里。
彼女が身を包んでいたのは、淡い金魚柄の浴衣だった。いつもは洋菓子職人の卵らしい凛とした雰囲気があるけれど、今日は帯に揺れる飾りのせいか、どこか儚げで、目が離せなくなるような不思議な色香があった。
二人とも、反則級に可愛い。
「あー……うん。二人とも、すごく似合ってる。綺麗で、ちょっとびっくりした」
「ちょっと、なに照れてんのよ! ほら、行くわよ! 言っとくけど、今日のお祭りデートは伊織の奢りだからね! 焼きそばにイカ焼きに、りんご飴も!」
ひなたがぐいっと僕の右腕に腕を絡ませて、強引に引っ張り出す。
いつも通りの元気なひなた。
……なんだけど、腕に当たる柔らかな感触と、ふわりと香る石鹸のような匂いに、僕の顔は一気に熱くなった。
「ちょ、ひなた、腕っ……!」
「なによ、幼馴染の特権でしょ。それとも嫌なの?」
「嫌じゃないけど、歩きにくっ——」
「……伊織」
右腕でギャーギャー騒いでいると、今度は左側から、涼やかな声が降ってきた。
見ると、絵海里が少しだけ上目遣いで、僕の浴衣の袖をちょこんと摘んでいた。
「……すごく人、多いね。はぐれないように……手、繋いでもいい?」
「えっ」
コテン、と首を傾げる絵海里。
フランス仕込みの完璧なパティシエールはどこへやら。肩の力が抜けて、本来のふんわりとした優しさを取り戻した彼女は、昔以上の無防備な甘さで僕の心を揺さぶってくる。
「ちょっ、絵海里ちゃんズルい! 私も手繋ぐ!」
「ふふっ、ひなたちゃんは腕組んでるからいいでしょ? 伊織の左手は、わたしの」
バチバチッ!
二人の視線が交差した瞬間、火花が散ったような気がしたのは気のせいだろうか。
すっかり元の仲良しに戻った三人。
けれど、右には勝気で可愛い看板娘、左には本来の温かさを取り戻したパティシエール。
僕を挟んで歩く二人の間には、以前のただの幼馴染とは違う、甘くて、そして少しだけヒリヒリするような熱い空気が漂っていた。
「さ、行くよ伊織!」
「伊織、りんご飴ほしいな」
「お、おう……!」
屋台のオレンジ色の明かりと、お囃子の音。
職人の卵である僕は、最強の幼馴染二人に両側から完全にホールドされたまま、タジタジになってお祭りの喧騒へと足を踏み入れていった。




