表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/87

第67話 伊織のSOSと、走り出す看板娘

「……また、味がぼやけてる」


 自宅の工房。鍋の中で練り上げていた餡の出来を確認し、僕は深くため息をついた。

 絵海里があの縁側から泣きそうな顔で走り去ってから、数日が経っていた。


 あれ以来、僕は完全にスランプに陥っていた。何度作っても、指先から感覚が抜け落ちてしまったように味が決まらない。


「ちょっと伊織。さっき店先に出そうとしてた水羊羹、味見したけど……あんた、いい加減にしなさいよ」


 引き戸をガラリと開け工房へ入ってきたひなたが、腕を組んで僕をジロリと睨みつけた。


「……悪い。ちょっと集中できてなくて」

「ちょっとどころじゃないわよ。あの日からずっと、お通夜みたいな顔してウジウジウジウジ……!」


 ひなたは仁王立ちになり、僕を文字通り見下ろした。

 あの日、縁側で僕が放った『綺麗すぎるお人形』という無神経な言葉。そして、絵海里の笑顔が凍りつき、逃げるように帰ってしまった一部始終を、ひなたはすぐ隣で見ていたのだ。


「……僕がバカだったよ。あの言い方じゃ、彼女のケーキには心がこもってないって言ってるようなものだ。でも、どうやって謝ればいいのかわからなくて……」


 自己嫌悪で頭を抱える僕の背中を、バァンッ! と容赦のない平手が叩いた。


「痛っ!?」

「当たり前よ! この大バカ伊織! 絵海里ちゃんがあのケーキにどれだけ頑張って想いを込めたか、横で見てた私だってわかるわよ!」


 ひなたの怒鳴り声が、静かな厨房に響き渡る。

 怒っているだけではない。その声には、大切な友達を心配する確かな熱が帯びていた。


「あんたの鈍感は今に始まったことじゃないけど! そうやって逃げて、不味い和菓子作ってるのが一番サイテーなのよ!」

「うっ……」

「ななか先輩だって、今のあんたのお菓子なんか一口でペッて吐き出すレベルね」

「それは……一番堪える……」


 ひなたは深くため息をつくと、腰に巻いた『三色堂』のエプロンの紐をキュッと結び直した。


「あんたはここで、自分の和菓子としっかり向き合ってなさい! 逃げずに、絵海里ちゃんに『美味しい』って言わせる最高のお菓子を考えておくの!」

「ひなた……?」

「絵海里ちゃんのことは、私がなんとかする! あんたの尻拭いなんて癪だけど、可愛いライバルが泣いたままなのは、もっと嫌だからね!」


 言い放つなり、ひなたは背後の引き戸へと身を翻した。


「おい、どこに行くんだよ!」

「決まってるでしょ! うちの厨房よ!」


 振り返らずに答えたひなたの背中は、いつになく頼もしく見えた。

 恋のライバルとして、そして絵海里の大切な友達として。ひなたは自分にしかできないやり方で彼女を引っ張り出すために、夏の陽射しの中へと力強く走り出していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ