第66話 答えはきっと、絵海里ちゃんの中に(絵海里視点)
「私……」
空っぽになったお皿を見つめながら、私はすがるような思いで口を開いていた。
「私、どうすれば伊織みたいに、温かいお菓子が作れるのかな……。先輩、教えてくれませんか」
すっかり自信を無くしてしまった私の問いに、ななか先輩は静かに、けれど優しく首を横に振った。
「……答えは、きっと、……えみりちゃんの中に、あるよ」
突き放すような冷たさは全くなかった。
ただ、誰かから与えられる正解ではなく、自分自身の心で答えを見つけなければ意味がないのだと、先輩の真っ直ぐな瞳が物語っていた。
「私のなか……」
私はもう一度、テーブルの上の空っぽのお皿に視線を落とした。先輩が綺麗に平らげてくれた、私の試作タルト。
それを食べる先輩の幸せそうな顔を思い返して、私は自然と、ふんわりと微笑んでいた。
「……先輩は、伊織のお菓子を『食べる』のが、本当に好きなんですね」
「え……?」
「それって、すごく素敵な特等席だと思います。伊織の温かいお菓子を、一番美味しく受け取れる場所だから」
嫌味でも何でもなく、私の心からの純粋な言葉だった。先輩がその特等席で美味しそうに笑ってくれるからこそ、伊織の和菓子はあんなにも優しくなれるのだと思う。
けれど。
「でも、わたしは……」
私は顔を上げ、厨房の奥にある冷たいオーブンを見つめた。
「わたしはやっぱり……伊織の隣で、一緒に誰かを笑顔にするお菓子を『作りたい』な」
綺麗に飾られたショーケースの中ではなく。
温かい縁側の、伊織のすぐ隣で。
食べる側ではなく、作る側。それが、幼い頃からずっと変わらない、私の本当の居場所だったはずだから。
私のその言葉を聞いた先輩は、少しだけ目を瞬かせた後。
何かを静かに受け止めたように、小さく頷いた。
「……そっか。……ごちそうさま。……えみりちゃんのタルト、本当に美味しかった」
いつものおっとりとした声でそう言うと、先輩はゆっくりと立ち上がり、夕暮れのパティスリーを後にした。
パタン、とドアが閉まり、再び店内には私一人だけが残された。
「私が、お菓子を作りたい理由……」
私はエプロンの紐をきゅっと結び直し、静かな厨房へと足を踏み入れた。
フランスで叩き込まれた完璧なレシピも、グラム単位の計量も、今は一度忘れよう。
私は本当は「誰のために」お菓子を作りたかったのか。
見失っていた私の原点の記憶が、夕暮れのオレンジ色の光の中で、ほんの少しだけ輪郭を取り戻し始めていた。




