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第61話 冷たい完璧と、何気ないひと言

 海での騒動から数日後。

 茹だるような暑さの中、僕とひなたはいつもの縁側でぐったりと麦茶を飲んでいた。


「あー、暑い……。伊織、かき氷作ってよ」

「自分で作れ。僕は今、秋の新作練り切りの構想で頭がいっぱいなんだ」

「どうせまた、地味で茶色いお菓子なんでしょ」

「和菓子に茶色が多いのは、素材の味を活かしてるからだぞ」


 いつもの他愛のない口喧嘩をしていると、「こんにちはー」と、フワフワとした栗色の髪を揺らして絵海里が顔を出した。

 その手には、パティスリーのロゴが入った真っ白なケーキ箱が、とても大事そうに抱えられている。


「伊織、ひなたちゃん。今日は新作のケーキを持ってきたよ」

「わあ、絵海里ちゃん! ちょうど甘いものが食べたかったの!」


 ひなたが目を輝かせて急須とお皿の準備に走る。

 縁側のテーブルに置かれた箱が開けられると、中から現れたのは、まるで宝石のように艶やかな真紅のフランボワーズ・ムースだった。

 表面は鏡のように滑らかにコーティングされ、金箔とエディブルフラワー(食用花)が寸分の狂いもなく飾り付けられている。


「うわぁ……すっごく綺麗! 食べるのがもったいないくらいね。うちの地味な和菓子とは大違い」

「ひなた、余計な一言が多いぞ……。でも、確かにすごいな。これ、絵海里が一人で作ったのか?」

「うん。今回は温度管理も、グラム単位の計量も、全部完璧にできた自信作なんだ。……伊織、食べてみて?」


 絵海里は両手を膝の上でぎゅっと握り、少しだけ緊張したような、期待に満ちた上目遣いで僕を見つめた。

 切り分けられたケーキをフォークで掬い、一口、口へと運ぶ。


「……美味い」


 口の中で、甘酸っぱいフランボワーズの香りと、濃厚なピスタチオのクリームが完璧なバランスで溶け合った。スポンジの軽さも、ムースの口当たりも、計算し尽くされている。

 フランスの星付きレストランで出されても、誰もが絶賛するであろう洗練された味わいだった。


「すごいよ、絵海里。本当に美味しい。味も見た目も、一切の妥協がないというか……」

「ほんと? よかったぁ……」


 絵海里がふにゃりと、安堵したように花がほころぶような笑顔を見せる。

 僕はその完璧な出来栄えを手放しで称賛しつつ、和菓子職人の卵としての素直な感想を、何の悪気もなく口にしてしまった。


「ああ。本当に完璧だよ。……まるで、高級店のショーケースに飾るお人形みたいだ」

「え……?」

「綺麗すぎて、隙が全くないっていうか。僕の作る泥臭い和菓子なんかと違って、この古い縁側には綺麗すぎるくらいだよ」


 僕としては、それくらい洗練されていて、別次元の美しさだという最上級の褒め言葉のつもりだったのだ。


「……あ」


 絵海里の唇から、微かな吐息が漏れた。

蝉の声だけが、急にやけに大きく縁側に響き渡る。


「……絵海里?」


 僕が不思議に思って顔を上げた時、彼女の纏っていたフワフワとした甘い空気は、完全に消え失せていた。


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