第59話 ガタンゴトンと揺れる車内。二人きりの昔話
オレンジ色の夕日が、ガタンゴトンと揺れる車内を淡く染め上げている。
遊び疲れた帰りのローカル線。向かい合わせのボックス席では、ひなたとななか先輩が肩を寄せ合うようにして、すっかり夢の中へと落ちていた。
先輩はひなたの肩に頭を預け、ひなたもまたコックリコックリと船を漕ぎながら、二人は平和な寝息を立てている。
「……二人とも、限界だったみたいだな」
僕が声を潜めて呟くと、隣に座る絵海里が「ふふっ」と小さく笑った。
彼女は窓枠に頬杖をつき、スヤスヤと眠る二人をじっと見つめている。
その眼差しはとても優しく……けれど、どこか遠い国の宝石を眺めるように、少しだけ羨ましそうに見えた。
規則正しいレールの音だけが、静かに僕たちの間に響く。
「……ひなたちゃんも、先輩も、伊織の隣が本当に居心地がいいんだね」
ぽつり、と。
絵海里の唇からこぼれた声は、夕暮れの空気に溶けてしまいそうなほど優しかった。
だからこそ、その声に滲む寂しさが、余計に切ない響きを帯びて僕の胸を締め付けた。
「そうか? 単に海で遊びすぎて電池切れなだけだろ。先輩に至っては、お腹いっぱいで眠いだけだろうし」
僕が照れ隠しと気遣いを交えてそう返すと、絵海里は「そうかもね」と柔らかく目を細めた。
「フランスにいた時はね……毎日、すごく静かだったの。厨房のオーブンの音と、泡立て器の音だけ。みんな真剣で、誰かと笑い合いながらお菓子を作るなんてこと、一度もなかった」
絵海里の視線が、眠る二人から外れ、自分の膝の上でそっと組まれた両手へと落ちる。
「完璧なケーキを作ること。それだけが正解の、少し冷たい世界。……でも、今日こうして伊織たちと一緒に騒いで、笑って。なんだか、ずっと昔のことを思い出しちゃった」
「昔のこと?」
「うん。私と伊織が、まだ小さかった頃のこと」
絵海里は少しだけ首を傾げて、僕の顔を見上げた。
茜色の光を反射する大きな瞳の奥に、懐かしさと、微かな揺らぎが浮かんでいる。
「伊織の家の台所で、伊織と一緒にお饅頭を丸めたり、クッキーを焼いたり……」
絵海里の言葉に、僕の脳裏にも色褪せない記憶が蘇る。顔に粉をつけて、不格好な焼き菓子を二人で笑いながら頬張った、あの甘い匂いのする記憶。
「……あの頃は、ただ純粋に楽しかったな」
夕暮れの光の中、ふわりと微笑んだ彼女の笑顔は、酷く儚く見えた。
まるで、その「ただ楽しかった」という一番大切な気持ちだけを、遠いフランスの空の下に置き忘れてきてしまったかのように。




