第57話 スイカ割り大騒動。右よ、右!……って痛っ!
海の家でのお昼ご飯を終え、僕たちは再び太陽が照りつける砂浜へと戻ってきた。
次なるイベントは、夏の海のお約束『スイカ割り』だ。
「ちょっと、バカ伊織! 回しすぎよ! 目が回るぅ……」
「スイカ割りは三半規管を狂わせてからが本番だろ。ほら、スタートだ」
手ぬぐいでキッチリと目隠しをされ、プラスチックのバットを持たされたひなたが、フラフラと覚束ない足取りで歩き出す。
「えっと……どっち? まっすぐでいいの?」
「ああ、とりあえずまっすぐ三歩だ」
僕が的確な指示を出そうとした、その時だった。
「ふふっ。ひなたちゃん、そこから右に大きく五歩だよー」
「えっ? 右? 右ってこっち?」
絵海里が、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて嘘のナビを始めたのだ。
それに釣られて、ひなたが明後日の方向へと歩き出してしまう。
「おい絵海里、そっち行ったら海に入っちゃうぞ! ひなた、ストップ! 左だ、左!」
「……ちがう。もっと、前」
僕の訂正に被せるように、今度はレジャーシートに座ったななか先輩がおっとりとした声で指示を飛ばす。
「え? 前? 海? どっちよ!?」
「……ひなたちゃん、早く割って。……スイカ、ぬるくなっちゃう。早く、食べたい」
天然でマイペースな先輩の「早く食べたい」というプレッシャーと、絵海里の「ふふっ、もっと右かなー?」というからかいが入り乱れ、ナビゲーションは完全にカオスと化していた。
「ああもう、わっかんない! 誰の言うこと聞けばいいのよ!」
バットを振り回しながら混乱するひなた。このままでは他の海水浴客のところへ突っ込んでしまうかもしれない。
「ストップ、ストップ! お前ら適当なこと言うな! ひなたがどんどん遠ざかってるだろ! 仕方ない、僕がスイカを移動させるから……」
僕は砂浜に置かれたスイカを抱え上げ、ひなたのバットが届きそうな位置へと急いで走り寄った。
よし、ここなら——。
「あっ、ひなたちゃん! そこ! 思いっきり振り下ろして!」
絵海里の弾んだ声が響いた。
「そこね! いっけええええ!!」
「えっ、ちょ、待っ——」
スイカを抱えてしゃがみ込んだ僕の頭上に、ひなたのフルスイングが迫り来る。
スパーンッ!!
「うわっ、痛っっ!?」
プラスチック製とはいえ、思い切り振り下ろされたバットが見事に僕の肩にクリーンヒットした。
僕はスイカを後生大事に抱えたまま、砂浜に崩れ落ちた。
「えっ!? な、なにこの鈍い手応え!? 絶対スイカじゃないんだけど!?」
慌てて目隠しをむしり取ったひなたが、砂まみれでうずくまる僕を見て目を丸くした。
「い、伊織!? なんであんたがそんなところにいるのよ!」
「お前が……明後日の方向に行くから……僕がスイカを……」
「わ、私は言われた方向に行っただけよ スイカの方から動いてくるなんて反則じゃない!」
口では理不尽な文句を言いつつも、「ご、ごめん、痛かった……?」と慌てて僕の肩をさすってくるひなた。
「あわわ、ご、ごめんなさい伊織! 私が適当な方向教えちゃったから……!」
絵海里も涙目になって駆け寄ってくると、「痛いの飛んでけーっ」と子供をあやすように僕の背中をポンポンと叩き始めた。
「……よかった。スイカ、無事」
そして、ななか先輩だけは僕の肩の安否よりも、僕が死守したスイカの無事を確認して、ふにゃりと幸せそうに微笑んでいた。
照りつける太陽の下、僕の情けない叫び声と、ひなたの慌てふためく声が、夏の波音に溶けていった。




