第54話 砂の造形勝負! 職人の意地が激突する
真夏の海を満喫し、ひとしきり波と戯れた後。
僕たちはパラソルの下に戻り、冷たい麦茶で喉を潤していた。
「あー、疲れた! でもすっごく楽しいね!」
ひなたがタオルで髪を拭きながら、満足そうに笑う。
隣では、ななか先輩がすでに「……海の家、まだかな」と遠い目をしていた。
ふと見ると、絵海里が足元の湿った砂を両手で器用に丸め、小さな山を作り始めていた。
「絵海里、何作ってるんだ?」
「ん? ちょっとだけ、お砂遊び。昔、よく公園のお砂場でケーキ作ったの思い出して」
絵海里の細く白い指先が、湿った砂を滑らかに整えていく。その手つきは、完全にパティシエのそれだった。ただの砂山が、あっという間に綺麗な三段重ねのデコレーションケーキの形になっていく。
(……なるほど。そういうことなら、和菓子職人の卵としても負けてられないな)
僕は無言で立ち上がると、絵海里の隣に陣取り、砂を高く積み上げ始めた。
和菓子の基本は、ヘラを使った繊細な細工と、全体の均整だ。僕はプラスチックのスコップを和菓子の三角ベラに見立て、砂の塊をスパッと直線的に切り落としていく。
「……伊織? なに本気になってるの?」
絵海里が、少しだけ挑発的な、職人としてのスイッチが入った笑顔を向けた。
「いや、和菓子の造形美を砂で表現できるか、ちょっと試してみたくなって」
「ふーん……。じゃあ、どっちがすごいお城を作れるか、勝負しよっか」
「受けて立つよ」
そこからの僕たちは、完全に無言だった。
照りつける太陽の下、海遊びに来た高校生とは思えないほどの異様な集中力が、砂浜の一角を支配する。
僕が作るのは、日本の伝統美の結晶『日本城』だ。
湿った砂を固め、スコップの縁を使って精緻な石垣を組み上げていく。さらに、屋根の反りや天守閣のシャープなラインを、指先とヘラを使ってミリ単位で削り出していった。これは和菓子の練り切りで表現する『静』の美しさだ。
一方の絵海里は、バケツに海水を汲んできて、絶妙な固さの砂を作っていた。
「マカロンタワー風の、甘くて可愛いお城にするの」
彼女は砂を手のひらから少しずつ垂らす『ドリップ』の技法を使い、お城の壁面に美しいレース模様のような装飾を施していく。滑らかな曲線と、感性を頼りに次々と足されていくフワフワとしたフリルのような造形。それはまさに、洋菓子の『動』の華やかさだった。
「……ちょっと、あんたたち」
約三十分後。
完成した二つの巨大な『砂の芸術』を見下ろして、ひなたが呆れ果てたような声を出した。
「海に来てまで、なんでそんなに職人魂燃やしてんのよ……。砂遊びのレベル、完全に超えてるじゃない」
「ひなた、審査員を頼む。どっちの城が芸術点が高いか、判定してくれ」
「判定ねぇ……。うーん……決めた! 私は、このマカロンのお城がいいわ。すごく可愛くて、甘そうで、美味しそうだし!」
ひなたの言葉に絵海里が自信満々に胸を張ると、横からぬっと、ななか先輩が顔を出した。
「……おいしそう」
「せ、先輩! 食べちゃダメですよ!? これただの砂ですからね!」
「……わかってる。でも……こっちの日本のお城も、角がピシッとしてて、……きれいな落雁みたい。……どっちも、食べたい」
「だから食べられませんってば!」
食欲という全く別のベクトルから評価を下す先輩に、僕たちは思わず苦笑してしまった。
「……引き分け、かな」
「うん。伊織のお城、直線がすごく綺麗でかっこよかったよ。さすが和菓子職人」
「絵海里の洋城も、曲線としずくの装飾が繊細で完璧だった。やっぱり、敵わないな」
僕たちは砂まみれの手でハイタッチを交わし、お互いの作品を称え合った。
「まったく、お似合いの職人バカコンビね」と、ひなたがやれやれと肩をすくめる。
アプローチは全く違うけれど、僕たちの根底にある『ものづくり』への情熱は同じだ。
砂だらけの絵海里の笑顔は、フランスから帰ってきた日の洗練された大人っぽさとは違う、あの頃の無邪気な幼馴染の顔に戻っていて。
それがなんだかすごく嬉しくて、僕は夏の眩しい日差しの中で、自然と笑みをこぼしていた。




