第53話 食欲と、純情と、オレンジ色のラッシュガード
ギラギラと照りつける夏の太陽。どこまでも続く青い海と、白い砂浜。
「絶対に行くわよ!」というひなたの宣言から数日。
結局、僕は大量の荷物と共に、約束通りの青い海へと連れ出されていた。
彼女たちの着替えを待つこの時間は、嵐の前の静けさのような、妙な緊張感に包まれている。
パラソルの下でレジャーシートを広げながら、僕は一人、ゴクリと唾を飲み込んだ。
女子更衣室の入り口から、三つの影がこちらへ向かって歩いてくるのが見える。
いよいよ、この時が来てしまったのだ。
「……お待たせ、伊織くん」
最初に僕の視界を奪ったのは、長身でスラリとしたプロポーションを惜しげもなく晒す、ななか先輩だった。
黒を基調とした大人っぽいホルターネックのビキニに、薄手のパレオ。艶やかな亜麻色のロングヘアが海風に揺れる様は、そのままファッション誌の表紙を飾れそうなほどの破壊力だ。
すれ違う海の男たちが次々と振り返っているというのに、当の本人は自分の水着姿が周囲の視線を釘付けにしていることなど全く気にしていない様子だった。
「せ、先輩……すごく大人っぽくて、綺麗です」
「……ん、ありがと」
僕がドギマギしながら感想を伝えても、先輩の視線は僕を通り越し、真っ直ぐに砂浜の奥へと向けられていた。
「……海の家。やきそばと、フランクフルトのいい匂い、する」
「先輩! まだ海に入ってもいないのに、もうお昼ご飯のこと考えてるんですか!?」
ミステリアスな美貌と食い気100%のギャップに僕がツッコミを入れていると、その後ろから、小走りで二番目の影がやってきた。
「伊織、お待たせー!」
パァッと花が咲くような笑顔を見せたのは、淡いミントグリーンのフリルがあしらわれたビキニ姿の絵海里だった。
純白の肌と、お人形のようにフワフワした雰囲気。それでいて、女性らしい柔らかな曲線がしっかりと主張している。フランス仕込みの洗練された可愛らしさと、隠しきれないプロポーションの良さが同居していて、思わず目が吸い寄せられてしまう。
絵海里は僕の目の前まで来ると、少しだけ恥ずかしそうに両手を後ろで組み、上目遣いで僕を見つめた。
「伊織……どうかな? 変じゃない……?」
「へ、変なわけないだろ! すごく似合ってる。可愛すぎて、ちょっと直視できないくらいだ……」
「えへへ……やっぱり伊織にそう言ってもらえるのが、一番嬉しいな」
少しだけ頬を染めてはにかむ絵海里の破壊力に、僕の心臓はすでにバクバクと早鐘を打っている。
先輩の大人っぽさと絵海里の可愛らしさ。僕のキャパシティが限界を迎えつつある中、最後の一人が、更衣室の方からモジモジと歩いてきた。
「……ちょっと、あんたたち。さっさと海行くわよ……」
ビタミンカラーの元気なオレンジ色のビキニ……の上に、なぜか長袖のラッシュガードのジッパーを首元までキッチリと上げ、さらにデニムのショートパンツをしっかり履き込んだひなただった。
「ひなた? お前、せっかく海に来たのにそんなガード固くてどうするんだよ」
「う、うるさいわね! 絶対に焼きたくないのよ!」
ひなたは顔を真っ赤にして叫ぶが、その視線はチラチラと、ななか先輩の形の良い胸元や、絵海里の女性らしい丸みを帯びたプロポーションを気にして泳いでいる。
自分の小柄な体型と比べて気圧されているのは明白だった。
腕を胸の前でクロスさせて必死に隠そうとする姿が健気にみえて、それはそれで可愛らしいのだが……。
「ひ、ひなたも、その……似合ってるぞ。元気っぽくて、ひなたらしい」
僕が気を使って褒め言葉を絞り出すと、ひなたの顔はさらに沸騰したように真っ赤になった。
「なっ……! ばっ、バカ伊織! どこ見てんのよ! いやらしい! 減点! 一万点減点!!」
「理不尽すぎるだろ! この流れ僕が無言だったら、それはそれで怒るくせに!」
ポカポカと僕の背中を全力で叩き始めるひなた。
「ふふっ、伊織、タジタジだね」と、それを見て楽しそうに笑う絵海里。
「……かき氷、練乳いちごがいいな」と、一人だけ全く別の世界にいる先輩。
三者三様の水着姿に囲まれ、波打ち際にたどり着く前から、僕のライフはすでにゼロ寸前だった。




