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第52話 「夕焼けの砂浜って何よ!」巻き込まれる天使

 絵海里の持ってきた絶品の洋梨タルトを囲み、縁側の空気は和やかに――いや、平和に過ぎていくはずだった。


「……で?」


 タルトを平らげ、麦茶で一息ついたひなたが、急にジロリと僕を睨みつけてきた。

 その声のトーンは、さっきまでの「頼れる世話焼き看板娘」から一転、獲物を追い詰めるような鋭さを帯びている。


「えっ、なに?」

「とぼけないでよ。週末の『デート』よ、デート! 結局、絵海里ちゃんと二人でどこに行ってきたわけ?」

「ぶふっ!」


 僕は飲んでいた緑茶を危うく吹き出しそうになった。

 休日のデートを自分で「関係ない」と放棄したくせに、やっぱり気になって仕方がなかったらしい。


「あ、あのね、ひなたちゃん。伊織に駅前を少し案内してもらってから、電車に乗って……」

「絵海里ちゃんは黙ってて! 伊織、あんたの口から白状しなさい!」


 ひなたがビシッと指を突きつけてくる。

 隣では、ななか先輩が「……デート?」と小首を傾げながら、二つ目のタルトをフォークで小さく切り分けていた。


「べ、別にやましいことなんてないぞ。水族館に行って、クラゲとかペンギンを見て……館内のカフェでパフェを食べて」

「ふーん。水族館ねぇ。涼しくて薄暗くて、いかにもって感じじゃない。……それから?」

「そ、それから……」


 僕は視線を泳がせた。

 脳裏に浮かぶのは、オレンジ色に染まる海を背景に、素足で波打ち際を歩く絵海里のシルエット。そして、「付き合ってみない?」という心臓に悪い冗談と、甘く張り詰めた空気。

 あんなこと、ひなたに言えるわけがない。


「……それから、ちょっとだけ海沿いを歩いて、帰ってきた」

「海沿い?」


 ひなたの目が、スッと細められた。


「海沿いって……あんたたち、まさか夕暮れの砂浜を二人で歩いたとか言わないわよね?」

「えっ」

「図星ね! ちょっと伊織! なに勝手にロマンチックなことしてんのよ! 幼馴染のくせに生意気よ!」

「理不尽すぎるだろ! 海の近くの水族館に行ったら、自然とそうなるだろ!」


 顔を真っ赤にして詰め寄ってくるひなたに、僕は必死で弁解する。

 しかし、ひなたの怒り(というかヤキモチ)の炎は、もう誰にも止められなかった。


「ずるいずるいずるい! 私だって海に行きたい! いますぐ行くわよ、海!!」

「いますぐって、もう夕方だぞ!?」

「いいの! 明日でも明後日でもいいから、絶対に海に行くの! 私の知らない海で盛り上がったお返しよ!」


 ひなたが「うがーっ!」とクッションを抱えてジタバタしていると。

 隣でタルトを咀嚼していたななか先輩が、ふにゃりと顔を綻ばせた。


「……海」

「せ、先輩?」

「……海で食べるかき氷。やきそば。フランクフルト。……すっごく、美味しそう」


 先輩のミステリアスな瞳の中には、打ち寄せる波ではなく、ズラリと並んだ海の家のメニューがくっきりと浮かんでいた。

 相変わらずブレない。ブレないけれど、このタイミングでの賛同は非常に厄介だ。


「ほら見なさい! ななか先輩も海に行きたいって言ってるじゃない!」

「いや、先輩が行きたいのは海じゃなくて海の家だろ!」

「……伊織くん。私、練乳いちごのかき氷、食べたいな」

「先輩まで僕を上目遣いで見ないでください! 逆らえなくなるから!」


 僕が女子二人の圧に完全に押し負けていると、ずっとニコニコと成り行きを見守っていた絵海里が、ふわりと両手を合わせた。


「ふふっ。それなら、みんなで行ったらすっごく楽しいね!」

「……え?」


 絵海里は、怒っているひなたと、かき氷を夢見るななか先輩を交互に見て、お人形のように愛らしい笑顔を咲かせた。


「ひなたちゃんも、ななか先輩も一緒に。四人で海に行こ? 私、みんなでもっと夏の思い出作りたいな」


 その一切の悪気も計算もない、純粋なお人好しの笑顔。

 それを向けられては、ひなたも「……まぁ、絵海里ちゃんがそう言うなら」と矛を収めるしかないし、先輩に至っては「……えみりちゃん、天使」と拝み始めている。


「というわけで、伊織。次の休みの予定、空けときなさいよ!」

「……はい」


 かくして、ひなたのヤキモチから始まった大騒動は、絵海里のふんわりとした一言によって、急遽『四人での海水浴イベント』へと発展してしまった。

 容赦なく照りつける太陽。青い海。そして、三者三様の水着姿。

 僕のキャパシティが爆発するのは、もう火を見るより明らかだった。


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