第49話 オレンジ色の海と、素足のシルエット
水族館を出ると、暴力的だった真夏の熱気はすっかり和らぎ、潮風が心地よく火照った頬を撫でていった。
目の前に広がるのは、オレンジ色に染まり始めた夕暮れの海。
僕たちは自然な流れで、波の音が響く砂浜へと足を踏み入れた。
「わあ……! すっごく綺麗!」
絵海里は弾んだ声を上げると、ふわりとスカートの裾を翻して波打ち際へと駆け寄っていく。
そして、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを振り返った。
「伊織、ちょっとだけ海に入ろ?」
「えっ? いや、でも靴が砂まみれに……」
「脱いじゃえばいいんだよ。ほらっ」
言うが早いか、彼女はストラップサンダルを器用に脱ぎ、華奢な素足を躊躇なく打ち寄せる波へと浸した。
「わっ、冷たーい!」
「お、おい! 服が濡れるぞ!」
「平気平気。伊織も早くおいでよー」
パチャパチャとはしゃぎながら、絵海里は片手にサンダルをぶら下げて波打ち際を歩く。
夕陽のオレンジ色を反射した水面がキラキラと光り、彼女の透き通るような白い足首と、海風に揺れるアイスブルーのブラウスを鮮やかに照らし出していた。
(……ほんと、反則だろ)
子供みたいにはしゃぐ無邪気な姿と、夕陽に照らされた息を呑むほど綺麗なシルエット。
その破壊力満点のギャップに、僕の心臓はさっきから早鐘を打ったままだ。
しばらく砂浜を歩いた後、絵海里はふと足を止め、水平線に沈みかけている大きな夕陽を見つめた。
「……伊織の作るあんこは、この夕日みたいだね」
「え?」
「じんわりと甘くて、優しくて……この夕日の色みたいに、すっごく温かい」
波の音だけが響く中、絵海里はゆっくりと僕の方へ振り返った。
茜色の光に照らされた彼女の瞳が、僕だけを真っ直ぐに捉えている。
フワフワとしたいつもの柔らかい雰囲気の奥にある、誤魔化しようのない確かな『熱』。
「……」
ただの幼馴染。昔から一緒にお菓子を作って遊んでいた、ただのお人好し同士。
そのはずなのに、今の彼女が纏う甘くて少し張り詰めた空気が、僕の脳内から『幼馴染』という安全な言い訳を容赦なく上書きしていく。
「……伊織?」
絵海里が少しだけ首を傾げて、甘えるように僕の名前を呼んだ。
波音に溶けてしまいそうなほど柔らかい声が、僕の胸の一番奥をギュッと掴んで離さない。
(ああ、どうしよう。……なんだか、すごく……)
彼女から目が、逸らせない。
オレンジ色の海を背景に微笑む絵海里は、僕が今まで見てきた誰よりも――最高に魅力的な、一人の『女の子』だった。




