第48話 カフェでの休息。完璧であることの孤独
館内のカフェスペースは、青い照明が落とされ、まるで海の中にいるような落ち着いた空間だった。
歩き疲れた僕たちは、窓際のテーブル席に腰を下ろした。
運ばれてきたのは、色鮮やかなフルーツとブルーのゼリーが層になった、綺麗な海浜パフェだ。
「わあ……グラスの中も、小さな水族館みたいだね」
絵海里はパフェを前にして、ふんわりと目を細めた。長いスプーンで器用にゼリーをすくい、パクリと口に運ぶ。
「美味しい。……でも、すごく綺麗に層が重なってるから、崩しちゃうのがちょっともったいないね」
「絵海里の作ってくれたマカロンもそうだったよ。食べるのがもったいないくらい、完璧で綺麗だった」
僕が先日のマカロンの感想を改めて伝えると、絵海里はスプーンを止めて、グラスの水滴を指先でツンとつついた。
「……完璧で綺麗なものって、時々、少しだけ冷たく感じる時があるの」
絵海里は少しだけ困ったように、ふにゃりと笑って小首を傾げた。
その言葉にどんな意味が込められているのか、今の僕には上手く言葉にしてあげられない。
ただ、少しだけ目を伏せたその横顔が、放っておけないくらい儚げで。フランスという遠い場所で、彼女なりに一生懸命お菓子と向き合ってきた不器用な情熱みたいなものが、じんわりと伝わってきた。
「……絵海里がどれだけ真剣だったか、あのマカロンを食べたらわかるよ。絵海里の努力は、絶対に嘘じゃない」
僕は、少し俯き加減の彼女と真っ直ぐに視線を合わせた。
和菓子職人の卵として、そして、昔から彼女の真っ直ぐなところを知っている幼馴染として。
「だから、僕は絵海里が帰ってきてくれて、また一緒にお菓子の話ができるのが……すごく、嬉しいんだ」
数秒の沈黙。
絵海里はパチパチと目を瞬かせた後、頬をほんのりと薄紅に染めた。そして、水槽の青い光の中で、ふわりと花がほころぶように笑った。
「……えへへ。ありがとう、伊織」
少しだけ上目遣いではにかむその笑顔は、さっきまでの寂しげな空気を綺麗に溶かして、僕の知っている最高に可愛い幼馴染のものだった。
「よかった。今日ひなたがいなくてどうなるかと思ったけど、なんとかエスコートできてるみたいだな」
僕がホッとして冗談めかして笑うと、絵海里はピタッとスプーンを止めた。
「……むぅ」
「えっ?」
「せっかくのデートなのに、ひなたちゃんの名前を出すのは減点だよ。伊織のばか」
絵海里は可愛らしく頬をぷっくりと膨らませると、僕のパフェにスプーンを素早く伸ばし、上に乗っていた一番大きなイチゴをパクッと食べてしまった。
「ああっ! 僕のイチゴ!」
「ふふっ、エスコート失敗の罰金です」
悪戯っぽく笑いながら唇をペロリとなめる彼女の姿に、さっきまでの儚げな空気はもうどこにもなかった。
綺麗で大人びていても、やっぱり僕の知っている可愛い幼馴染のままだ。
グラスの氷がカランと鳴る音と一緒に、僕の胸の奥で、また少しだけ甘くて厄介な音が鳴った。




