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第45話 サマードレスの無邪気な包囲網と、自滅する幼馴染

 夕方。いつもの縁側で、僕は和菓子の道具を手入れしながら、二人分の冷たい麦茶を用意していた。

 そろそろ、駅前のカフェに出かけたひなたと絵海里が帰ってくる時間だ。


「……あぁぁ、私のバカぁ……ほんっとうにバカぁ……」

「ふふっ、ひなたちゃん、足元気をつけてね」


 表の門から聞こえてきたのは、なぜかこの世の終わりのようなひなたのうめき声と、それを優しくなだめる絵海里の声だった。


「おかえり。ひなた、どうしたんだ? 魂でも抜かれたみたいな顔して」

「……うるさい。バカ伊織の顔見たら余計に頭痛くなってきた……」


 縁側に辿り着くなり、ひなたはドサリとその場にしゃがみ込んでしまった。

 いつもなら「あんたまた道具出しっぱなしにして!」と口うるさく小言が飛んでくるはずなのに、今日のひなたは完全に生気を失っている。


「理不尽すぎるだろ。せっかく冷たい麦茶淹れてやろうと思ったのに」

「飲むわよ! ガブ飲みしてやる……あぁ、穴があったら入りたい……」

「……カフェで何があったんだよ、一体」


 僕が呆れながらグラスを差し出すと、その横から絵海里がひょっこりと顔を出した。純白のサマードレスが、夕暮れの風にふわりと揺れる。


「伊織」

「ん? どうした、絵海里」


 絵海里は僕の目の前まで歩み寄ると、少しだけ上目遣いになって、あのお人形のように愛らしい笑顔を浮かべた。


「あのね、週末、デートしよ?」

「……えっ?」


 僕は手入れをしていた木べらを、危うく床に落としそうになった。


「デ、デートって……僕と絵海里が?」

「うんっ。私、帰ってきたばかりでまだこの辺りの新しいお店とか詳しくないし、伊織に案内してほしいな。……ダメかな?」


 小首を傾げて、期待に満ちた瞳で見つめてくる絵海里。そのフワフワとした破壊力は、昔よりもずっと増している気がする。

 いや、待て。幼馴染とはいえ、こんな可愛い女の子と二人きりで出かけるなんて、ハードルが高すぎる。


 僕は咄嗟に、麦茶を飲んでいるひなたへ助けを求めるように視線を向けた。

 いつもなら「あんたたち二人で何言ってんのよ! 伊織はお店の買い出しを手伝うの!」と、猛烈な勢いで割って入ってくるはずだ。

 よし、ひなた、いつものやつを頼む!


 しかし。


「…………っ」


 ひなたは顔を真っ赤にして、グラスを両手で持ったままプルプルと小刻みに震えているだけだった。

 何か言いたげに口をパクパクさせているが、最終的にはギュッと目を瞑り、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


「ひなた? いつもみたいに怒らないのか?」

「……っ! か、勝手にすればいいじゃない! 私には関係ないし、デートでも何でも行ってきなさいよ! バカ伊織!」


 怒鳴り散らした後、ひなたは再び「うぅぅ……」と頭を抱えて膝に突っ伏してしまった。

 ええっ、なんで!? いつもなら絶対に阻止してくる幼馴染からの、まさかの放置宣言。


「……というわけだから。伊織、週末空いてるよね?」


 絵海里が、嬉しそうに(けれど逃げ道を塞ぐように)ふんわりと微笑んで念を押してくる。


「お、おう。休みだし、特に予定はないけど……」

「えへへ、やった。それじゃあ、エスコートよろしくね」


 満足げに微笑む絵海里と、隣で完全に沈没しているひなた。

 なんだかよく分からないけれど、僕の週末は、フランスから帰ってきた美少女な幼馴染との『デート』という、とんでもなく心臓に悪いイベントで埋まってしまったらしい。


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