第118話 透明な箱の、その先にあるもの(ななか視点)
パリン、と。
砕け散った透明なドームの破片が、キラキラと光を反射しながらお皿の上へと散らばっていく。
その中心――冷たい殻が取り払われた場所から姿を現したのは、真っ白で、新雪のようにキメの細かい和風の蒸しカステラ……『浮島』だった。
さらにその周囲には、氷柱を思わせる冷涼な『琥珀糖』が、まるで宝石のように散りばめられている。ほんのりと色付いた柚子やミントが、私がこれまで閉じ籠っていた冬の冷たさと静けさを表現しているかのようだった。
「……その奥にあるものを、味わってみてください」
伊織くんの優しく、けれど自信に満ちた声に促され、私は手元の銀の匙を、真っ白な浮島へとそっと沈めた。
ふんわりとした柔らかな生地がほどけた、その瞬間。
「……あ……」
まるでフォンダンショコラのように、中からふわりと湯気を立てて、とろりとした深い緑色のソースが溢れ出してきた。
芳醇な香りを放つ、熱い『濃茶の葛だれ』だった。真っ白な雪の中から、力強く息づく生命の熱が溶け出してきたような、そんな鮮やかな驚きと美しさ。
私は微かに震える手でスプーンを動かし、温かい浮島と熱い葛だれ、そして周囲の冷たい琥珀糖を一緒にすくい上げ、ゆっくりと口へ運んだ。
「……!」
シャリッ、とした琥珀糖の冷たくて繊細な食感が弾けた直後、ふわふわの浮島と、とろけるような濃茶の熱さが口いっぱいに広がっていく。
冷たさと熱さ。サクサクとトロトロ。
和菓子の深い味わいと、洋菓子の驚きに満ちた仕掛けが完璧に溶け合った、息を呑むほど絶妙なコントラストだった。
(……なんて優しくて、……温かい味なんだろう)
口の中に広がるその深い甘さと熱に触れた瞬間、私の中に、春の日の記憶がブワッと溢れ出してきた。
四月の夕暮れ。誰もいなかった静かな縁側に、彼が美味しいみたらし団子と一緒に、当たり前のように招き入れてくれた日のこと。
わたしが一番美味しい状態で食べられるようにと、わざわざ出来立てのお団子を用意して、縁側で待っていてくれたこと。
ただお腹を空かせて夢中でお菓子を頬張る私を、……彼はただ嬉しそうに目を細めて、「おかわりもありますからね」と、不器用で最高に温かい言葉をくれたんだ。
あの時の、胸の奥がじんわりと解けていくような安らぎ。
私を透明なガラスの箱から連れ出してくれたのは、大袈裟な言葉なんかじゃない。いつだって彼の作るお菓子の温度と、飾らない笑顔だった。
伊織くんがこのお菓子に込めてくれた、嘘のない、重いくらいの真っ直ぐな想い。
それが今、私の一番冷え切っていた場所をポカポカと温めて溶かしていく。
(……ああ、ダメ。……こんなの、泣いてしまう……)
込み上げてくる愛おしさに視界が滲むのを感じながら、私はゆっくりと、私のためだけに作られた、この温かい『雪解け』を味わい尽くした。




