第117話 有平糖のドーム、光の破片(ななか視点)
「先輩自身の手で、割ってみてください」
伊織くんから手渡された冷たい銀の匙を、私は両手でそっと受け取った。
視線を落とすと、テーブルの中央にはキラキラと輝く有平糖のドームがある。カフェの温かい照明を反射して光るその繊細な飴細工は、伊織くんの言う通り、これまで私を孤独に閉じ込めていた『透明で冷たい壁』そのものに見えた。
(……この中にいれば、傷つくことはなかったんだよね)
息苦しいほどに分厚くなっていった、透明な壁。
それは決して、誰かの悪意で作られたものではなかった。周りのみんなからの「女神」という過剰な優しさと、遠慮と、崇拝。どう接していいか分からないという不器用な好意が積み重なってできた、透明なガラスの箱だった。
でも。
『……トントン、って』
伊織くんが、その壁をノックしてくれた。
美味しいお菓子と一緒に、真っ直ぐな言葉で。
ひなたちゃんが、遠慮のない言葉で踏み込んできてくれた。
絵海里ちゃんが、女の子同士の対等な視線で張り合ってくれた。
そして今日、トラブルの中で私を助けようと泥臭く奔走してくれた生徒会のみんなの姿が、私の背中を押してくれた。
勇気を出して、自分から一歩を踏み出したステージの上。私を包み込んだのは、冷たい静寂ではなく、耳が痛くなるほどの熱狂的な大歓声と、涙が出るほど温かい光だった。
(……もう、この箱は必要ないよ)
私はゆっくりと顔を上げた。
目の前では、伊織くんが、私の強さを信じ切ったような優しい瞳で見守ってくれている。その隣では、ひなたちゃんと絵海里ちゃんが、まるで自分のことのように息を呑んで私を見つめていた。
「……うん」
私は三人にむけて、静かに、けれどこれまでで一番の力強さを込めて微笑んだ。
そして、手の中の銀の匙をしっかりと握り直す。
躊躇いはなかった。もう二度と、あの透明で孤独な場所には戻らない。
私は、キラキラと光る有平糖のドームの頂点に向かって、銀の匙を真っ直ぐに振り下ろした。
――カチン、と。
冬の張り詰めた空気を震わせるような、澄み切った小気味良い音が響いた。
その高い音を合図にするように、極薄の飴のドームがパリンッと弾ける。
細かい破片となった有平糖が、まるでダイヤモンドの粉のように光を乱反射させながら、お皿の上へとキラキラと崩れ落ちていく。
それは、息を呑むほど美しい光景だった。
光を纏って砕け散る薄氷の視覚的な美しさと、私自身が自らの手で『心の殻』を叩き割ったという確かなカタルシス。
それらが鮮やかに重なり合い、胸の奥を塞いでいた最後のつかえが、音を立てて消え去っていくのを感じていた。




