第116話 薄氷(うすらひ)と雪解け
「ななか先輩、コンテスト本当にお疲れ様でした」
厨房の暖簾をくぐり、僕は完成したばかりの特製プレートを両手で慎重に運び出しながら、奥のテーブル席で待っていた先輩に声をかけた。
大歓声を浴びたステージの熱狂から少し落ち着いた様子の先輩は、僕の顔を見ると、ふにゃりと柔らかい笑顔を向けてくれた。
「……うん、ありがとう。……来ちゃった」
「わざわざお店まで寄ってくれて嬉しいです。お待たせしました。これ……ななか先輩のことを想って、特別に作ったんです」
僕がテーブルの中央にそっとお皿を置いた瞬間。「……わぁ」と、ななか先輩の口から感嘆の吐息が漏れた。
驚いて息を呑んだのは、先輩だけではない。向かいに座るひなたと絵海里も、言葉を失ったように目を丸くしてプレートを見つめていた。
お皿の上に鎮座しているのは、キラキラと光を反射する極薄の飴細工だ。
和菓子の伝統技法である『有平糖』を用いて作った、触れればすぐに壊れてしまいそうな透明な薄氷のドーム。
室内の照明を浴びて、まるで本物の氷や繊細なガラスのように、幻想的な輝きを放っている。
「……これ、すごく綺麗。……どうやって食べるの?」
ななか先輩が不思議そうに小首を傾げ、潤んだ瞳で僕を見上げた。
僕は優しく微笑みながら、透明なドームをそっと指差した。
「このスイーツの名前は、『薄氷と雪解け』と言います。……そして、この透明なドームは、これまで先輩を閉じ込めていた『ガラスの箱』です」
「……ガラスの、箱……」
「はい。誰も寄せ付けないような、完璧でミステリアスな壁。……でも今日、先輩は自分からその箱を破って、みんなの前に出てきてくれましたよね」
ステージ上で、彼女が僕の手を強く握り返し、満面の笑みを向けてくれたあの瞬間。
その美しさと勇気を、どうしても形にして伝えたかった。
「だから……」
僕は言葉を継ぎ、用意しておいた冷たい銀のスプーンを、ななか先輩へと真っ直ぐに差し出した。
「先輩自身の手で、割ってみてください」
僕が込めたメッセージの意味を悟ったのか。
銀のスプーンを見つめるななか先輩の瞳が、微かに、けれど確かに揺れた。




