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第114話 幼馴染のジト目と、重すぎる職人の愛

 シフトの時間が近づき、僕たちは大盛況のまま熱気を帯びているクラスの教室、「和洋折衷カフェ」へと戻ってきた。


「それじゃ、僕は厨房に戻るよ。……ななか先輩に、とっておきのお疲れ様を出すんだ」

「とっておき?」

「伊織、先輩に特別メニュー作ったの?」


 エプロンに着替えようとしていたひなたと絵海里が、不思議そうに小首を傾げた。

 僕は厨房の奥の冷暗所に隠しておいたクーラーボックスをそっと開け、中から一つのプレートを取り出した。


「これだよ。『薄氷うすらひと雪解け』。僕のオリジナルプレートだ」


 プレートの上には、キラキラと光を反射する極薄のドームが被せられていた。それは、和菓子の飴細工である『有平糖(あるへいとう)』で作った、触れればすぐに割れてしまいそうな透明な薄氷のドームだ。

 そのドームの周囲には、氷柱(つらら)に見立てた冷たい『琥珀糖』を散りばめている。柚子やミントでほんのりと色付けされた、シャリッと冷涼で透明感のある宝石のようなお菓子だ。

 そして、薄氷のドームの中に鎮座しているのは、真っ白でキメの細かい『浮島(和風の蒸しカステラ)』。


「僕には、ななか先輩が透明な『ガラスの箱』の中にいるように見えたんだ。……いつもどこか寂しそうに遠くを見ている感じがして。そんなななか先輩に、とびきりの笑顔で箱の外に出てきてほしいと想ってさ。完璧でミステリアスなこの透明なドームを、先輩自身の手で、銀のスプーンを使って『カチン』と割ってもらうんだ」


 僕は二人に、自分がこのお菓子に込めたコンセプトを熱く語り始めた。


「ドームを割った先にある白い浮島にスプーンを入れると、中から湯気を立ててトロリととろけ出る『熱い濃茶(こいちゃ)の葛だれ』が溢れ出す仕掛けになってる。洋菓子のフォンダンショコラから着想を得たんだ」


「……」

「……」


「完璧な外見の殻を割った先には、こんなに甘くて、温かくて、色んな感情が詰まってるんだよって……僕たちからのメッセージになればいいなって思ってさ。どうかな?」


 自信満々で振り返った僕の目に飛び込んできたのは。

 低く結んだツインテールを揺らして腕を組むひなたと、大きな瞳に不満を滲ませている絵海里の、見事なまでにシンクロした『ジト目』だった。


「……へえ。ただの先輩に、随分と愛が重いお菓子を作るのね」

「……伊織。わたしのお菓子には、そんなロマンチックな仕掛け、してくれたことないのに……」


 冷ややかな声色。そして、二人揃って頬をぷっくりと膨らませている。

 お菓子作りを愛する二人だからこそ、有平糖の温度管理や浮島、葛だれの繊細な仕込みにどれほどの手間暇がかかっているか――そして、僕がななか先輩の内面を深く理解し、そこまでの想いを込めているという事実さえも、一瞬で見抜いてしまったのだ。


「ち、ちがっ! これは日頃、僕の和菓子を美味しく食べてくれる感謝のつもりで! 職人としてのインスピレーションというか!」

「バカ伊織。女の子が、自分だけのためにこんな意味が詰まった特別なお菓子をもらったら……どうなるか、本当に分かってないの?」

「伊織の無自覚な優しさは、ほんとに罪作りだね……」


 ひなたが呆れ果てたようにため息をつき、絵海里が潤んだ上目遣いで僕を責め立てる。

 理不尽な追及に冷や汗を流していると、二人はプレートのお菓子をもう一度じっと見つめ直した。


「……でも、まあ。すごく綺麗で、美味しそうではあるわね。お菓子としての完成度には文句のつけようがないわ」

「うん。熱いお抹茶のソースがとろけ出すなんて、絶対に美味しいよ。……ずるいなぁ」


 悔しそうにしながらも、その瞳はお菓子への純粋な期待でキラキラと輝いている。


「絶対、あとで私たちにも特別なお菓子を作ってもらうからね! ほら絵海里ちゃん、私たちはフロアに行くわよ!」

「うんっ。伊織、覚悟しておいてね?」


 二人はぷんぷんと怒ったふりをしながらも、持ち前のプロ意識で接客をこなすため、エプロンの紐をキュッと結び直して賑やかなフロアへと戻っていった。


 嵐のような幼馴染たちを見送り、僕は一人厨房に残った。

 あとは、コンテストを終えたななか先輩がここへやって来るのを待つだけだ。


「さてと、浮島を温める準備をしておくか」


 自らガラスの箱を破った先輩が、このお菓子を食べて、一体どんな『ぷっくりほっぺ』と笑顔を見せてくれるのか。

 僕は胸を高鳴らせながら、静かに、けれど熱い想いを込めて、仕上げの準備に取り掛かった。


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