第111話 嵐の後の控室。逃げ場のない幼馴染デートの約束
コンテストの熱狂を背に、僕とななか先輩はどうにか控室へと辿り着いた。ステージでの緊張と、あの大歓声。頭の中がまだふわふわとしていて、繋いでいた手の温もりが離れた後も、心臓の鼓動は一向に収まる気配がない。
けれど、控室の扉を開けた瞬間、心地よい余韻は一瞬で吹き飛んだ。
「……お帰りなさい、二人とも。優勝、おめでとう」
部屋の隅、椅子に腰掛けて僕たちを待ち構えていたのは、腕組みをしてツインテールを微かに震わせているひなたと、お人形みたいな無表情のまま、どこか悲しげな瞳でこちらをじっと見つめている絵海里だった。
「ひ、ひなた……それに絵海里も。お店の方はいいのか?」
「ちょうど休憩時間よ。それより……聞きたいことが山ほどあるわね、伊織?」
ひなたがゆっくりと立ち上がり、ななか先輩に対して一歩踏み出した。いつもの僕に接する時のような、遠慮のない鋭い視線だ。
「ななか先輩! さっきの『大切な人』発言、どういうつもり? あんなの、学校中の前で告白してるのと変わらないじゃない!」
「……ふふっ。……大切な、ひと……だもん。……いつも、美味しいお菓子を……くれる、から……」
「お菓子の話をしてるんじゃないの! あの空気でそんなはぐらかし、通用しないわよ!」
ななか先輩は「……?」と不思議そうに小首を傾げるばかり。完璧な天然なのか、それとも計算なのか。女神の微笑みによって、ひなたの追及は暖簾に腕押しのような状態でかわされてしまう。
そして、矛先は当然のように、逃げ場のない僕へと向けられた。
「で。伊織、あんたの方はどうなの? 『女神のような存在』って、本気で言ってるの?」
絵海里も僕の目の前に立ち、じっと見上げてくる。その大きな瞳には、みるみるうちに涙が溜まっていった。今にも溢れ出しそうなその雫に、僕の心臓が痛いくらいに跳ねる。
「伊織、わたしの前ではそんなこと一度も言ってくれなかったのに。先輩にあんなに赤くなって……ひどいよぉ」
「ち、違うんだ絵海里! あれは、ななか先輩がいつも僕の和菓子をあんなに美味しそうに食べてくれるから、その感謝の気持ちが勢い余って……っ」
「感謝で女神だなんて、普通は言わないわよ! あんた、そんなに先輩のことが特別なわけ!?」
ひなたが追い打ちをかけるように僕の肩を掴んで揺さぶる。絵海里は涙を浮かべた瞳で、ただじっと僕の答えを待っている。この二人を同時に相手にするのは、ステージで全校生徒の視線を浴びるより何倍も過酷だった。
「わ、分かった! 分かったから! 二人とも、そんなに詰め寄らないでくれって……!」
必死の弁明も虚しく、僕は二人の視線に射抜かれ、額から冷や汗を流しながら後ずさった。すると、ひなたが僕の腕をぐいっと引き寄せた。
「納得いかないわ。こうなったら、今すぐ埋め合わせしてもらうから!」
「……え、埋め合わせ?」
「当たり前でしょ! 学園祭の残り時間、私と絵海里ちゃんをエスコートしなさい! 二人とデートして、私たちのことも『女神』だと思わせるくらい楽しませること! これが条件、いいわね!?」
絵海里も、溜まっていた涙を指で拭うと、決意を秘めた表情で僕のもう片方の腕を掴んだ。
「……伊織。わたしも、今日はもう我慢しないからね」
左右から迫る、幼馴染たちの本気の眼差し。ななか先輩の方は「……ふふ。……行ってらっしゃい、伊織くん……」と、どこか楽しげに僕を見送る体勢に入っている。
「……はい。仰る通りにさせていただきます……」
僕は観念して、大きく両手を上げた。
コンテストでの優勝という栄光から一転。僕は嵐のような二人の幼馴染に挟まれ、賑やかな学園祭の喧騒の中へと、再び連行されていくのだった。




