第109話 こっちへおいで。自ら割る殻(ななか視点)
ステージの袖。幕の向こう側からは、体育館を埋め尽くす生徒たちの熱気と、地鳴りのような歓声が響いてくる。
司会者の声が、いよいよ私たちカップルのエントリーナンバーを呼び上げた。
「行けそうですか、ななか先輩」
伊織くんが、私に向かってそっと右手を差し出した。
その手を見つめて、私は小さく息を吸い込んだ。
さっきの控室で、私を助けようと必死になってくれたみんなの姿が脳裏に浮かぶ。みんなが、私の周りの透明な壁を外からトントンと叩いてくれた。
(……今度は、わたしの番だ)
みんなに守られ、遠くから祈られるだけの『高嶺の花』は、もう終わりにしよう。
飾られているだけの女神じゃなくて、「私も、みんなを笑顔にしたい」。
私は心の中で力強く願いながら、思い切って――自分を孤独に閉じ込めていた冷たい『ガラスの箱』を、私自身の手でパリンッと叩き割った。
「……うん。行こう、伊織くん!」
見えない殻を脱ぎ捨てた私は、彼の手をしっかりと握り返し、みんなに笑顔を返したい、みんなを笑顔にしたいという願いを込めた、晴れやかな微笑みで、光の差すステージへと歩み出た。
ステージの中央へ進み出た瞬間。
会場を埋め尽くしていたざわめきが、魔法をかけられたようにふっと消え去った。
誰もが息を呑む気配が、肌を刺すように伝わってくる。
無理もないかもしれない。今まで、学園の誰も見たことがなかったはずだ。私が一人の男の子のエスコートを受けながら、会場のみんなへ向けて、こんなにも無防備で、心からの笑顔を見せている姿なんて。
絵美里ちゃんが飾りつけてくれたドレスのレースが、歩くたびにふわりと揺れる。
静まり返った大講堂。
私たち二人だけを、真っ白なスポットライトが照らし出していた。
たくさんの視線を浴びて、少しだけ足が竦みそうになった私。すると、隣を歩いていた伊織くんがスッと足を止め、私と正面から向き合ってくれた。
そして、いつものように――まるでおいしいお菓子を差し出してくれる時のような、気負いのない、最高に温かくて優しい笑顔を向けてくれたのだ。
その温度に触れて、私の緊張はふわりと解け、表情はさらに柔らかく和らいでいく。
自分でもわかる。今の私が、彼に向けてどんな顔をしているか。
ただの先輩と後輩じゃない。私を孤独から連れ出してくれた彼に対する、まるで恋人に向けるような、甘くて、愛おしさを隠しきれない微笑み。
次の瞬間だった。
「うおおおおおおおおっ!!」
「な、ななか先輩ー!! なにあの笑顔、破壊力やばい!!」
「甘野おおお! お前マジで羨ましいぞ!! そこ代われ!!」
静寂を切り裂くように、会場のボルテージが一気に爆発した。
割れんばかりの歓声と拍手、そして悲鳴にも似たエールが、光の海となって私たちを包み込む。
それは、私を遠ざけるための崇拝じゃなく、私たちの姿を心から祝福してくれている、熱くて心地よい波だった。
箱の外の世界は、こんなにも眩しくて、温かかったんだ。
「すごい歓声ですね、先輩」
「……ふふっ、そうだね」
私は繋いだ手をもう一度ギュッと強く握りしめる。私たちは向き合い、互いの瞳を見つめ合ったまま、鳴り止まない歓声のシャワーを全身で受け止めていた。




