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第105話 すれ違う優しさと、学園祭前日(ななか視点)

 学園祭を明日に控え、校内はどこもお祭り騒ぎのような熱気に包まれていた。

 至る所で楽しそうな笑い声が響き、誰もが仲間と一緒に、一つのものを作り上げる喜びを分かち合っている。


「……あの、もしよかったら、そっちの飾り付け……私も、手伝ってもいいかな?」


 週末のお出かけで、伊織くんに背中を押されたばかりの精一杯の勇気。

 私は勇気を振り絞って、教室の入り口で大きな花飾りを作っているクラスメイトたちに声をかけた。

けれど。


「森園さん! お気遣いありがとうございます! でも、あちらの席でゆっくりお茶でも飲んでいてください!」

「そうだよ! ななかは明日のコンテストの『主役』なんだから。こんな風にハサミで指を切ったりしたら大変でしょ!」

「森園さんがいるだけで、僕たちのモチベーションは最高潮ですから。どうか、そこにいてくれるだけで十分なんです」


 返ってきたのは、眩しいほどの笑顔と、非の打ち所のない優しさだった。

 みんな、私を大切にしてくれている。私を「学園の宝」のように敬い、傷一つつけないようにと細心の注意を払ってくれている。


 誰も、悪くない。

 悪くないからこそ、私を拒絶するその「優しさ」が、針のようにチクチクと胸に刺さる。


(……やっぱり、私は……中に入れないんだ)


 伊織くんは「自分から外に出たいって言えばいい」と言ってくれた。

 でも、私が一歩踏み出そうとしても、周りがそれ以上の速さで、私を箱の中へ押し戻してしまう。

 透明な壁は、私が思っていたよりもずっと分厚くて、冷たかった。


 いつの間にか、コンテスト参加者の事前打ち合わせの時間になっていた。

 指定された教室に向かうと、そこには各クラスから選ばれたカップルたちが、楽しそうに明日の段取りを相談している姿があった。


「あ、ななか先輩。お一人ですか?」

「……伊織くん……甘野くんは、まだみたい」


 実行委員の生徒に声をかけられ、私は一人、空いている席に座った。

 周りからは「やっぱり先輩、綺麗だな」「あんな人がパートナーなんて甘野が羨ましいよ」という、遠巻きの囁き声が聞こえてくる。

 でも、誰も私の隣に座ろうとはしない。私の輪の中に入って、他愛もない世間話をしてくれる人は、ここには一人もいなかった。


 ガヤガヤと賑わう教室の中で、私の周りだけが、ぽっかりと空白になっている。

 まるで、私だけが違う世界に存在しているみたいに。


(……結局、同じなんだ。……私は、一人……)


 膝の上で握りしめた手に、力がこもる。

 視線を落として、床の木目を見つめた。

 賑やかな笑い声が遠く感じて、胸の奥に冷たい風が吹き抜けていく。


「――はぁ、はぁっ……! すみません、遅れました!!」


 その時、廊下から激しい足音が響き、教室の扉が勢いよく開いた。

 肩で息をしながら、前髪を汗で張り付かせた伊織くんが、必死の形相で飛び込んできたんだ。


「ななか先輩! ごめんなさい、クラスの看板作りが長引いちゃって……待たせましたよね!?」


 伊織くんは室内を見渡し、私の姿を見つけると、一直線に駆け寄ってきた。

 周囲の視線なんて気にする様子もなく、彼は私の隣の席をガタッと引いて、当然のように腰を下ろす。


「……伊織、くん。……ううん。……私も、いま来たところ……だから……」


 顔を上げた私の瞳を、伊織くんが覗き込んできた。

 彼は少しだけ眉を下げ、心配そうに私の顔を見つめている。


「先輩……? なんだか、顔色が……。何か、嫌なことでもありましたか?」


(……ああ。……やっぱり、伊織くんは……)


 私の「ガラスの箱」の外側から、いつも真っ直ぐに私の心に触れてこようとする。

 その温かさが、痛いくらいに嬉しくて。でも、学園祭の準備で忙しい彼に、これ以上心配をかけるわけにはいかない。


「……ううん。……大丈夫、だよ……。……伊織くんが……来てくれて……嬉しい、な……」


 私は、いつものように曖昧な微笑みを浮かべた。

彼を心配させないための、私の精一杯の「大丈夫」。

 でも、その微笑みの奥で、凍えそうだった私の心は、彼の連れてきた熱気に包まれて、ほんの少しだけ……温かさを取り戻していた。


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