第104話 夕暮れの公園。「私、いつも一人だから」(ななか視点)
グルメフェスの喧騒が遠ざかり、公園の木々が長い影を落とす時間。
帰り道の公園は、夕焼けの深いオレンジ色に染め上げられていた。
「……今日は、本当に楽しかったです。先輩の食べっぷり、最高でした」
「……ふふ。……ちょっと、食べすぎちゃった……かな」
並んで歩く歩道。
フェスの賑やかさが嘘のように静かなこの空間で、私は、自分の隣を歩く伊織くんの体温をすぐ近くに感じていた。
今日、彼が私にくれた「特別扱いしない温度」。
それが消えてしまうのが怖くて、私は先ほどまで感じていた幸福感の裏側に、ずっと隠していた臆病な本心を、ポツリとこぼしていた。
「……ねぇ、伊織くん。……私、いつも……一人、なの」
「……え?」
伊織くんが足を止める。
私も立ち止まり、影が長く伸びる地面を見つめた。
「……みんな、すごく……優しいよ。……私のこと、大切にしてくれる……。でも……誰も、私の『中』には……入ってきて、くれないの……」
唇を噛みしめる。
みんなが向けてくれるのは、羨望や、崇拝や、遠巻きの敬意。
それは、私を守るための壁のようでいて、実は私を外の世界から切り離す、冷たい『ガラスの箱』だった。
優しくされればされるほど。大切にされればされるほど。
私は、誰の熱も届かない透明な檻の中に閉じ込められていく。
「ななか先輩」という名前だけが一人歩きして、私自身の声は、誰にも届かない気がして。
「……だから……今日も、いつか……終わっちゃうのが、怖くて……」
震える声で、私は初めて自分の弱さを口にした。
学園の女神なんて呼ばれる私が見せてはいけない、惨めな孤独。
けれど、伊織くんは驚くことも、困ることもなく、静かな声で私にこう言ったんだ。
「……だったら、先輩自身が『外に出たい』って言えばいいんですよ」
「……え……?」
顔を上げると、夕日に照らされた伊織くんが、少しだけ不器用そうに笑っていた。
「みんな、先輩を大切にしたいから、勝手に入っちゃいけないって我慢してるだけなんです。……だから、先輩がその箱を自分から開けて、『一緒にいたい』って言えば、みんな喜んで手を引いてくれますよ」
伊織くんの言葉が、私の耳の奥で優しく響く。
外から誰かが入ってくるのを、私はただ、待っているだけだった。
開かない壁を恨んで、自分からノックすることもしないで。
「……私から……言っても、いいの……?」
「もちろんです。……だって、現に僕、いま先輩とこうして一緒にいますから」
伊織くんは、当たり前のようにそう言って、少しだけ私との距離を詰めた。
その一言が、私の「ガラスの箱」にそっと、一筋のヒビを入れてくれたような気がした。
(……ああ……)
夕闇が迫る公園。
私は、自分の頬が少しだけ緩むのを感じた。
彼が教えてくれたのは、孤独を嘆く方法じゃなく、誰かと繋がるための……小さな勇気だった。
「……うん。……頑張って、言ってみる……。……伊織くん、ありがと……」
私は、自分の言葉で、彼の手を少しだけ強く握った。
それは、私が自分から世界に向かって踏み出した、初めての、そして確かな意思表示だった。




