第102話 女神のヴェールが揺れる時。隣で咲いた、一番見たかった笑顔
公園の巨大な広場は、県内中から集まったキッチンカーや屋台で埋め尽くされ、美味しそうな匂いと活気で溢れかえっていた。
会場に足を踏み入れた瞬間――ななか先輩の瞳が、獲物を見つけたようにキラリと輝いた。
「……伊織くん。……あそこ、牛串……焼いてる……!」
「えっ、あ、はい。行きましょうか」
「……んっ……お肉、柔らかい……。……次、あっちの……海鮮焼き……!」
そこからは、怒涛の快進撃だった。
お嬢様のような可憐な外見からは想像もつかないスピードで、ななか先輩は次々と屋台を制覇していく。
牛串、ホタテのバター焼き、小籠包、そしてなぜか大盛りの唐揚げ。
「……伊織くん、こっち……! ……クレープ、並んでる……!」
「わわっ、先輩、引っ張らないで! 落としちゃいますから!」
無邪気な声で、僕の手をギュッと引く先輩。
普段の『高嶺の花』の姿からは考えられないほどアクティブで、その柔らかい手の感触と不意打ちのボディタッチに、僕の心臓はさっきから早鐘を打ったままだ。
両手いっぱいに食べ物を抱え、少し離れた静かなベンチに腰を下ろす。
ななか先輩は、大きなクレープを心底幸せそうに頬張った。
はむっ。もぐもぐもぐ。
「……んん……っ。……生クリームと、イチゴが……すっごく、甘い……」
見事なまでの『ぷっくりほっぺ』。
秋の陽だまりの中で、リスのように頬を膨らませて微笑む先輩は、本当に、本当に楽しそうで。
「……ふふっ。美味しいですね」
僕はそれを見つめながら、思わずほっと胸を撫で下ろして笑ってしまった。
「……伊織くん? ……どうか、した……?」
「いえ。……あの、誘ってよかったなって、思って」
「……?」
「この間、うちの教室に来てくれた時。みんなに囲まれてる先輩が、すごく……寂しそうに見えたから」
僕が素直な気持ちを口にすると、ななか先輩はピタリと咀嚼を止めた。
「……先輩、あの時……とても遠くを見ているような、そんな顔をしていたから。こうして先輩の笑った顔が見られて、良かったです」
瞬きを数回し、手元のクレープから視線を移して、少しだけ驚いたように僕を見つめる。
やがて、その瞳がふわりと優しく細められた。
「…………伊織くん……」
木漏れ日が、彼女の亜麻色の髪を柔らかく照らす。
少しだけ考えるような間のあと、先輩は僕を真っ直ぐに見つめ返して、言った。
「……ありがと……」
それは、学園の女神がみんなに向けて見せる「完璧な微笑み」ではなく。
僕の隣でだけ見せてくれた、等身大の、たまらなく愛おしい天使の笑顔だった。
完璧な『学園の女神』というヴェールの向こう側にある、彼女の飾らない本心に、ほんの少しだけ触れられたような気がした。
この笑顔が見たかったんだ。あの時寂しそうにしていた先輩が、今は隣で笑ってくれている。今日はただ、そのことが心の底から嬉しかった。




