第101話 秋風とボルドーの魔法。女神は香ばしい匂いに導かれる
週末。よくイベントが行われる市の総合公園の入り口で、僕は少しだけそわそわしながら立っていた。
秋晴れの空の下。コンテストの『練習』という名目の、ななか先輩とのお出かけ。
「……伊織くん。……お待たせ」
声に振り返って、僕は完全に言葉を失ってしまった。
秋色の落ち着いたボルドーのワンピースに、上品な薄手の白いカーディガン。学園の制服姿とはまた違う、シックで可憐なお嬢様スタイル。長く透き通るような亜麻色の髪が、秋風にふわりと揺れている。
「あ……いえ、僕も今来たところです。それにしても……先輩、すごく綺麗です。見惚れちゃいました」
「……ふふ。……ありがとう。……少し、恥ずかしいな……」
ほんのりと頬を染めて伏し目がちに微笑む姿は、どこからどう見ても完璧なデートの待ち合わせだ。
すると、ななか先輩は自分のワンピースの裾を少しだけ摘まんで、不安そうに僕をじっと見上げてきた。
「……この、お洋服……どうかな……? ……変じゃ、ない……?」
潤んだ瞳での、破壊力抜群の上目遣い。
不意打ちのあまりの可愛らしさに、僕の心臓はドクンと大きく跳ね、一瞬で顔が熱くなっていくのが分かった。
「へ、変なわけないです! むしろ、その……綺麗すぎて、隣を歩くのが申し訳ないくらいで……」
「……よかった。……伊織くんに、そう言ってもらえると……安心するな……」
安堵したようにふわりと微笑む先輩。その天使のような微笑みに、僕はますます顔を赤くして視線を泳がせる。
……けれど。
「……くんくん。……あ、あっち……牛タンの、いい匂い……」
僕の赤面や動揺などどこ吹く風。
ななか先輩の鼻がピクピクと動き、その視線はすでに公園の奥から漂ってくる香ばしい匂いへと真っ直ぐに向けられていた。
「……伊織くん。……早く行こう……? ……お腹、空いちゃった……」
「あ、はは……。そうですね、行きましょうか」
さっきまでのしっとりした雰囲気はどこへやら。お腹の虫を鳴らさんばかりに期待に満ちた先輩の様子に、僕は苦笑しながらも、どこかホッとしていた。
「でも、驚きました。コンテストの練習でどこに行こうかって相談した時、先輩から『グルメフェスに行きたい』ってリクエストされるなんて」
「……うん。……ずっと、気になってて。……でも、一人じゃ……行きづらかったから」
「なるほど。じゃあ今日は、コンテスト本番に向けてたっぷり息を合わせる練習(という名の食べ歩き)をしましょうか!」
秋の陽光に照らされた並木道を、僕たちは賑やかな匂いと喧騒に誘われるようにして、ゆっくりと歩き出した。




