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6話 『生きろ』

 かれこれ一時間くらいか。

 フレアは目を覚ますことなく、一本の木の影で眠り続けている。

 ちょっとやり過ぎたか……。


 『あいつが貧弱なだけだ。それに、俺は見ていて面白かった』

 『リュグルの感想は聞いてねぇよ』

 『これからも楽しみにしておく』

 「ん……あぁ……?」

 

 どうやら目が覚めたらしい。

 

 「大丈夫か?」

 「ああ、そっか。俺殴られて気絶してたのか」

 「そういうことだ。少し俺も力を入れ過ぎたよ。ごめんな」

 「何謝ってんだよ。俺が弱いのが悪いんだよ。これからもあれぐらいでやってくれ」

 

 これからもあれぐらいって……流石に毎日あれを食らっていたら、体は多々じゃ済まないだろ。

 そんなことフレアの分かっているはずだ。

 それなのに、どうして無茶をしようとするのだろうか。

 

 「俺はもっと強くならなくちゃいけないんだよ」

 

 俺が今のフレアに表情を見て、前までの俺と同じようなものを感じた。

 まるで何かに囚われているような感じだ。

 

 「どうして自分の体をボロボロにしてまで、フレアは強くなろうとするんだ?」

 「俺……王都に行きたいんだよ」

 「でも、王都って結構遠くないか?」


 俺が住んでいた村やこの街は、グレラグン王国という国の領地の中にある。

 グレラグン王国は、海を挟んで四つある大陸の一つの竜牙の大地と呼ばれている大陸にある。

 その他の大陸は、氷河の大陸、火炎の大陸、和神島と呼ばれている。

 どうやら一つの大陸に一人の絶対的強者がいるらしく、氷帝、炎帝、鬼王という者達がいるらしい。

 ちなみに、この大陸の絶対的支配者は竜神だ。

 なんせ魔王でも逆らうことにできない存在らしい。


 そんな竜神が支配する竜牙の大地だが、幾つかある国の中でもグレラグン王国はトップレベルに領地が広い。

 しかし、それでも統制はしっかり取られていて、治安が悪いところはない――という事になっている。

 本当は気づかれていないだけで、悪事を行なっている者達はいくらでもいる。

 例えば、俺のいた村の連中とか。

 悪事がバレたくなくて、俺はあの日あんな目に遭ったのかもしれない。


 まあ、そういう訳でとにかくグレラグン王国は広いのだ。

 この街から王都に向かうとしたら……恐らく馬車を使っても二〜三日はかかるはずだ。

 

 「それでも俺は行きたいんだよ」

 「何かしたい事でもあるのか?」 

 「俺は冒険者になりたい」


 冒険者か。

 凄く良いじゃないか。

 これだけ強ければ、フレアはきっと上位の冒険者に入るはずだ。

 是非少し強いだけで調子に乗っている冒険者達の鼻を折って欲しい。


 「でも冒険者なんて王都に行かなくてもなれるだろ?」

 「まあ、そうだけど……王都には名を馳せてる冒険者もいるだろ。三剣強とかさ」

 「三剣強……? なんだそれ?」

 「三剣強を知らないのかよ!? 戦い方とか知っておいて!?」

 「ま、まあね……」


 戦い方なんてリュグルの記憶だから、俺が知ってたことではないんだけど。


 「はぁ……。三剣強ってのは冒険者の中で頂点に立つ人達のことだ。三人とも王都でパーティーのリーダーをやっている。俺は三剣強と戦ってみたいんだよ」


 おお。

 流石はフレア。

 実にフレアらしい考えだ。

 周りに上の存在がいれば、己も強くなれるというもの。

 フレアは教えたことの吸収が早い。

 そう考えると、フレアが王都に行くのは良い事かもしれないな。


 「だけど一つ問題があるんだよ」

 「問題?」

 「俺のお母さんだ」

 

 フレアの顔は深刻そのものだった。

 でもあのお母さんが問題か……。

 全然悪い人には見えなかったんだけどな。

 もしかして、俺が悪人共に囲まれ過ぎて、感覚が鈍ってしまっているだけなのか?

 

 うーん、どっちにしろ分からないな。


 「別に俺のお母さんは悪い人じゃねぇよ。逆に良い人だ」

 「ならどうして問題なんだ?」

 「お母さんは良い人すぎるから……俺を心配しすぎるんだよ……」


 ああ、そういうことか。

 なんとなく話の流れが掴めてきた。

 フレアは王都に行きたいが、お母さんは心配で行かせないようにしている。

 それが問題って事だな。


 「だから俺は強くなろうとしてるんだ。強くなって、俺はお母さんを安心させるんだよ」

 「……フレアもいいやつだな」

 「は!? 別にそんなんじゃねぇし!」

 

 照れんなってー。

 そんな顔を赤くしちゃって。


 まあ……本当にいいやつだと思うよ、俺は。

 他者と意見が異なった時に、自分の意見を押し通したり、逆に押し通されたりしてしまう場合が多い。

 俺は何度もそういう場面を目にしてきた。

 

 しかしフレアはそうはならず、相手を納得させようとしている。

 これが案外簡単に思えて、実は簡単ではない。

 相手を納得させることが出来れば、起こす必要になかった争いがこの世界には幾つもある。


 そう考えれば、今からフレアは普通そうで普通では出来ないことをやろうとしているのだ。


 俺も手伝ってやらないとな。


 「じゃあ特訓の続きをやるか!」

 「え? いいのか? いつもはもう帰るだろ?」

 「お母さんを納得させるんだろ?」

 「……確かにそうだな! よし、かかって来い!」


 そうして俺たちは、傾いてきた日に照らされながら、もう一度特訓を開始した。



 ◇◆◇



 「ただいま」

 「ただいま帰りましたー」

 「お帰りなさい。フレア、ベスウィさん」


 フレアのお母さんの温かな返事が家の中から帰ってきた。

 いいな、これ。

 なんか帰ってきたって感じで安心するぞ。


 「まあ、そんなに汚れてどうしたの?」

 「ちょっと畑の仕事を手伝ってしたんです」


 フレアには、特訓をしていることを内緒にするように言われている。

 まだバレたくないらしい。


 「そうなんですか。夕飯まで少し早いですが、お風呂の用意をしておきますね」

 「ありがとうございます」

 「ありがとう、お母さん」


 俺達のお礼を聞きながら、フレアのお母さんは笑顔で風呂のある2階へと向かって行った。

 

 「どうだフレア。一緒に風呂に入るか?」

 

 この家に泊まらせてもらって数日、ずっと別々で風呂に入っていたが、今日くらい裸の付き合いをしようではないか。

 まだお互い話せていないことも、そういう時だからこそ話せるってもんだ。

 

 ……と、俺は思って言ってみたのだが、何故か冷たい目で見られている。


 「どうした?」

 「キモ」

 「はぁ!?」

 「俺が先に入るからな。もし入って来たら殺す」


 えぇ……俺何かまずい事でも言った……?


 『お前本当に面白いやつだな』

 『どういう事だよ』

 『その分かってないところがおもしれぇんだよ』


 分かってないところ?

 分かってない……分かってない……。

 ああ!

 そういう事か!


 ったく、俺はそんなこと気にしないのに。

 まだフレアは声変わりもしてないお子ちゃまなんだ。

 別にフレアの「フレア」が小さくたって、別にどうってことないって。


 『くくくっ。やっぱおもしろいな』

 

 

 ◇◆◇



 俺は貸してもらっている部屋に一旦戻って椅子に座った。

 フレアは風呂に入る時間が長い。

 だからこうして、ゆっくりしながら待つしかないのだ。


 俺の横には本棚があり、そこには数冊の本が置いてある。

 ちょっと読んでみるか。


 椅子から立ち上がって手に取ってみると、本の表紙には『悪魔封印記』と書かれていた。


 なんかちょっと面白そうだな。

 俺が今まで読んだことのある本といったら、倉庫の奥に捨てられている本なのかどうかも怪しいやつくらいだ。

 魔法についての本も随分と汚れていたし、この本がまるで新品のように感じられる。


 『悪魔封印記だと? ふざけたことを言いやがって』

 『なんだ? 不満なのか?』

 『当たり前だ。悪魔は人間に負けるほど弱くない』


 リュグルがそう言うと、疑う事なく納得してしまう。

 木を粉砕出来るような力を持っているなら、どう足掻いても人間は勝てないだろう。


 机に本を置いて一ページ目をめくってみた。

 これは目次だな。


 第一章

 『悪魔の生態について』

 第二章

 『悪魔の歴史』

 第三章

 『封印された悪魔』

 第四章

 『悪魔名』

 第五章

 『悪魔を統べる者たち』

 第六章

 『         』


 ん?

 なんで6章は空白なんだ?

 何も書いてない。


 気になってそのページまで飛んでみるが、全く読めない文字が書いてある。

 何語だろうか。

 意味がわからない。

 読むのやめよ。


 『おい待て。俺がいるか探そう』

 『何言ってんだよ。お前が載ってる訳ないだろ。悪魔って大体何体くらい居るんだよ』

 『興味ないから知らない。だが悪魔っていうのはすぐに増えやがる。雑魚共を入れたら、普通に万を超えているはずだ』

 『だったら余計無理だろ。リュグルが余程有名な悪魔だったら別だけどな』

 『何言ってる。俺は人間共を恐怖に陥れた悪魔だ』

 『はいはい。そこまで言うなら見てやるよ。載ってなかったとしても泣くなよ?』

 『わかった。その代わりにこの家を破壊する』

 『やめろ』

 

 はぁ……リュグルが言うと冗談には聞こえないんだよな……。

 本当にやりかねないからな……。


 深くため息をページをめくった。

 一枚一枚が分厚い。

 高価そうな紙だ。

 

 うーん、やっぱり難しい本は読みたくない。

 魔法の本も確かに難しかったけど、あれは俺が興味のあったものだから読めたのだ。

 しかし、俺は悪魔についてあまり興味がない。

 ということで、結構飛ばして読むことにする。


 『おい!』

 『大丈夫読むから読むから!』


 読まないけど。

 

 頬杖をつきながらページをめくってみる。

 ちょうど開いたページには、第五章『悪魔を統べる者たち』と書いてあった。

 ここくらい読んでやるか……。


 ページをめくってみる。

 そこには絵で描かれた一体の悪魔が載っていた。

 顔が三個付いていて、人間を簡単に二つに分けれそうな爪を持っている。


 「スグエンジ……残虐の悪魔……」

 『スグエンジも載っているのか! すごいなこの本は! 他に誰だ載っているんだ? 見せてみろ』


 どうやら知り合いらしい。

 世界は狭いね。


 体の中でベスウィは随分とテンションが上がっているようで、勝手に俺の手を動かしてページを捲り出した。

 出てきた悪魔を並べるとこうだ。


 【残虐の悪魔】スグエンジ

 【冷酷の悪魔】カックオル

 【静寂の悪魔】ビビザス

 【破壊の悪魔】ウェイン

 【鮮血の悪魔】グローディロル

 【狂炎の悪魔】ヴィル


 『おお! この本やっぱ凄いぞ』


 ご機嫌が良さそうで何よりです。


 「あ……これで最後か」


 さてさて、最後はどんな悪魔なんだ?

 悪魔を統べる者たちってことは、悪魔の中でも頭ひとつ抜けている強さを持っているはずだ。

 だが悲しいかな。

 俺は今出てきた六体の悪魔を誰一人として知らない。


 この世界に住む者として、悪魔を統べる者たちを誰一人知らないなんて恥ずかしい。

 さぁ! 

 最後の一体は俺の知っている悪魔であってくれ!

 

 そして、ペラッと音を立てながらページが捲られる。

 そこの絵には人の頭を手に持ち、鋭い牙で逃げ惑う人に噛み付く悪魔が描かれていた。

 

 「一番凶暴そうな悪魔だな」


 こんな悪魔がいたらどうしようもないな。

 これは悪魔、三剣強でも手に負えないだろ。


 視線は左上の方に持ってかれる。

 そこには悪魔の名前が書いてある。

 そう、名前が書いてある。

 名前が……書いて……ある……。


 『グフフフ。どうだ。凄いだろ。この俺も悪魔を統べる者なのだ』

 「嘘……だろ……」


 そこには他のページとは変わりなく、悪魔名と通り名が書いてあった。


 【漆黒の悪魔】ベスウィ


 と。



◇◆◇



 疲れたぁ……。

 服を脱ぎ裸になったフレアは、木でできた小さな椅子に腰を下ろした。

 木の椅子は昔から長い間使っているせいで、少し黒くなってきてしまっている。


 もうそろそろ買い替えないとな。


 砂で汚れている髪をお湯をかけて流し、両手でかき上げて水を落とした。


 「……」


 ちゃんとお母さんに言わないといけない……。


 ガクッと首を落として自分の膝に頭をつけた。

 

 冒険者になりたいって言って、お母さんは許可を出してくれるだろうか。

 いや、多分出してくれない。

  

 「もしお父さんが生きてたらな……」


 お母さんはお父さんのいうことなら、最初は拒んでいたことも、最終的には了承することが多かった。

 だが冒険者になりたいっていう希望を、お母さんが許可してくれないのはお父さんの事があったからだ。


 お父さんは五年前に死んだ。 

 俺が十歳の時だった。



 『お父さん、どこに行くの?』

 『山菜を取りに行くんだ。お前好きだろ?』

 『うん! 大好き!』


 俺のお父さんはグンデルという名前だった。

 お父さんの体には、冒険者として出来た幾つもの傷が残っていた。


 昔のこともあり、所々記憶が曖昧になっているが、なんとかしてフレアは思い出していく。


 お父さんが生きてたら、俺ってお父さんを抜かせてたかな……。


 フレアは今よりも背が低かったからか、グンデルの背中がより一層大きく見えた。

 その背中は誰よりも大きくて、何からも守ってくれる。

 フレアは幼いながらも、大きくなったらお父さんのようになりたい、と心の中で思っていた。

 

 しかし、幸せは一瞬で崩れていくのだ。

 本当に一瞬で。


 『これはまずいな……』

 『お父さん、どうしたの?』

 『大丈夫だよフレア。ちょっと道に迷っただけだ』


 グンデルの顔には笑顔が浮かんでいた。

 しかしその笑顔は、フレアを不安にさせない為の偽の笑顔だった。

 

 『お父さんから離れるんじゃないぞ』

 『ガルルルル……』

 『お父さん何か変な声がする』

 『大丈夫だ。あれは弱い魔物の鳴き声だよ』

 

 グンデルはそう言った。 

 だが実際は違った。

 フレア達を()()魔物の正体は、危険レベルAに指定されるファングウルフだった。

 

 フレアはグンデルに手を引かれて早足で歩き出した。

 その手は少し震えていて、逆の手は腰に差してある剣を握っていた。


 ファングウルフは魔物の中でも賢い頭を持っている。

 狩りをする時は群で行動して、上手く敵を誘導して最後にボスウルフが仕留める。

 もしファングウルフを討伐したのならば、群にいるファングウルフの数の人数が必要となる。


 しかし今はフレアとグンデルの二人のみ。

 どう頑張ったところで二人揃って生きて帰ることは出来ない。


 そのことをグンデルは十分に理解していた。

 だから選択したのだ。

 自分の命を犠牲にして、フレアを生きて帰す選択を。

 

 『光を避け闇に隠し、生きる全ての者から遮断せよ。透明変化(クリーライ)


 フレアをここから逃すにも、鼻の効くファングウルフはすぐに追いついてきてしまう。

 だとしたらどうするか。

 答えは簡単のように思えた――が。


 『え? お父さん……?』

 『……ごめんな。フレア』

 

 まだ幼かったフレア意味がわからなかった。

 なぜ自分に透明化の魔法をかけられているのかということを。


 透明化魔法は魔法の使用者とかけられた本人以外、透明化をかけられた者の姿が見えなくなる。

 透明化魔法は実に強力な魔法だ。

 そのせいもあってか、消費魔力量が光魔法の中でも群を抜いている。

 その為、グンデルは自身に透明化魔法をかけることができないのだ。


 『お父さん……? どうしたの……?』

 

 おずおずしながらグンデルを見上げた。

 しかしそれと同時に、木の影から無数のファングウルフが出てきたのを見つけたのだ。

 グンデルは自らが助かることはないと知りながらも、フレアに絶やさず優しい笑みを浮かべ続けた。

 

 『さぁ、行くんだフレア。お父さんは今から――』

 『やだよ! だってお父さん死んじゃうじゃん! フレアと一緒に逃げようよ!』

 『……行きなさいフレア。お父さんは大丈夫だから』


 グンデルが全力で走って逃げれば、もしかしたら逃げれる可能性もあった。

 しかしファングウルフはどこまでも追ってくる。

 見つけた獲物は逃がさない。

 殺して自らの糧とする。

 それがファングウルフだ。


 このまま逃げれば、フレアの母であるクレンにも危険が及ぶと考えた。

 こうなった今、グンデルは自分がどうするべきか理解していた。

 自らがファングウルフの餌となることを。


 『グルルルルゥゥ……』


 少しずつ、でも確実に、ファングウルフ達はグンデル達に迫ってきていた。

 

 『お父さん……ぅぅ……お父さん……!』


 フレアの両目から、今までに出たことのないほどの雫がこぼれ落ちた。


 『行くんだ』

 『やだよぉ……! お父さんも一緒に行くのぉ……!』

 『フレア!』

 『……!』


 フレアは今まで一度もグンデルに怒鳴られたことはなかった。

 どれだけわがままを言おうと、いつも笑って許してくれた。

 だが今回は違った。

 

 初めて怒鳴られたせいで、フレアの体は固まってしまった。

 驚きで見開かれた目にグンデルが映る。


 グンデルは大粒の涙を流して()()()()()

 

 『行きなさい』

 『うぅ……あ……ぁぁ……!』


 フレアは、もうグンデルが助かることはないのだと理解した。

 このまま逃げれば二度と会えないことを理解した。

 そして、グンデルが自分の命に変えてもフレアを守ろうとしているのだと理解した。

 

 『うぅぁぁ……!』


 溢れる涙を振り払うように体の向きを変えると、前を向かずに下だけを見て走り出した。

 当然ながら、ファングウルフ達は追いかけてこない。

 しかしその代わりに、グンデルに向かって一斉に飛びかかった。


 『はぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』


 グンデルは腰から剣を引き抜いて、1番近くに来たファングウルフの顔を斬りつける。


 『きゃんっ!』

 

 ファングウルフはそのまま横に飛ばされていき、少し湿った地面を転がっていく。

 

 だが知能の高いファングウルフ達は、一旦攻撃をやめると低い声や高い声を出して会話を始めた。

 作戦が決まったのか、ボスウルフが雄叫びを上げると、連携がとれた動きでグンデルに接近してきた。

 

 『クソっ』


 攻撃の仕方を理解したファングウルフは、グンデルの剣などもう当たらない。


 静かに背後に回り込んでいた1匹が、大口を開けると剣を持つ右腕に噛み付いた。

 突然の痛みで剣を落としてしまい、それをファングウルフ達は確認すると細かく動きながらグンデルに噛み付いた。


 ボスウルフに背中を噛みつかれると、首を左右に振って近くの木に投げつけられる。

 激痛が背中に走って意識が朦朧とし始めた。


 あぁ……死ぬんだな……俺……。


 ぼやけ始める視界に、顔を腕で擦りながら走っていくフレアの姿が微かに見えた。

 もうそろそろ魔法が切れてしまう。

 

 『グルルルル……』


 すでに勝機が見えているファングウルフ達は、気を緩めているらしく、すぐにグンデルを殺しに来ない。


 『い……け……、にげ……ろ……』


 脳内にフレアが産まれた時のことが蘇る。


 小さな手、柔らかな肌、綺麗な目。

 俺は死ぬまでフレアを守ろうと誓った。

 だけど、こんな終わり方になるとはな……。


 グンデルは感覚がほとんどない右手を前に持っていく。

 

 これから一緒にいてやれなくてごめんな……。

 母さんと元気に生きてくれよ……。


 視界が暗くなっていく。

 もう見えているのは、転びかけながら走るフレアの姿だけだ。


 『いきろ……フ……レア……』


 血で染まる顔に最後の笑みを浮かべた。

 

 『……愛して……る……』


 しかしその言葉がフレアに届くことはなく、グンデルは覚めぬ眠りについていった。

 



 

 

 

 



 

 


 

 


 


 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 



 


 


 


 


 

 

 

 

 

 

 

 


 

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