広場での騒ぎ
そんなこんなで噴水のある広場まで戻ってきたが、何やら広場が騒がしい。
野次馬になる必要はないのだが、見えたのは老人夫婦が一人の若い女性に罵声を浴びせている所だった。
(どこかで見たような…?)
罵られている女性を、何か資料で見たような気がする。
「エイト、あの人…助けた方がいいかも」
「そうですね…」
女性の側に同伴している男性がいるが、騒ぎを見ている間に老人男性に杖で殴打され倒れ込んでしまって起き上がる気配がない。
老人男性の憤慨ぶりは異常だった。女性に未だに大声で『人殺し』とがなり立てる。
「お前は私の家族を皆殺しにした!当時の姿で、しかも記憶を失ってなんでのうのうと生きている!」
女性を庇おうとした同伴男性を殺す勢いで殴っていたのだから、その怒りは計り知れない。女性はというと、何を言われているのかさっぱり分からない状態で、怯えながらも何故この男性がここまで激怒しているのかを必死に考えているようだった。
騒ぎが大きくなる中、詠斗は渦中に割って入ろうと近付いた。
「…何があったのかは分からないが、やりすぎだ、ジイサン」
偶々休暇中だったと思われる軍人が、今に女性も殴ろうと杖を振りかざした老人男性の手をグッと掴む。
「なんだ、お前は!邪魔をするな!」
「暴行罪だ、ジイサン。軍の名の元に、お前を拘束する」
ジタバタと暴れる老人男性に、高度は妻と思われる老女が軍人にいきり立つ。
「夫の仇なんです!そしてこの女は過去に私の兄の命も奪った張本人!どうか積年の恨みを晴らさせてください!」
すがる老女と未だ抵抗する男性に、軍人は驚くほど冷たい瞳で軽蔑するような眼差しを向ける。
「過去に何があろうが、今は今だ。お前たちがやっているのは、侮辱と暴行。過去に何があったの照会はする。安心してしょっ引かれろ」
軍人が指をパチンと鳴らすと、ヒョロっとしたおよそ軍人とは思えない体形の若い男が人をかき分けてくる。
「こいつら、尋問所へお願いする」
「あいあい。さあ、行きますよー」
「何故だ!あいつは…!」
「そうよ、なんで私たちが…!」
「話はあとでたっぷり聞きますからねー」
細身の軍人は、手早く老人夫婦に粒子手錠を掛け、転送機能で連れて行ってしまった。
野次馬たちは老人夫婦が退場したことで興味を失い、すぐにばらけていく。
「大丈夫ですか。祥子さんもこのヒトも」
「あの…ありがとうございます。私はだい、じょうぶです…。でも、礎さんが…」
柳が何回か、礎の身体を小さく揺すると、礎と呼ばれる男はパチッと目を開けて起き上がった。
「不甲斐ない、です…」
礎は起き上がるなり、そう呟く。
「あの人たちは」
「…拘束させてもらったよ」
「貴方でしたか…とんだ不名誉です」
礎は軍人を見るなり、心底不快そうな顔をする。
「…さっさと立ち去らせてもらいます。行きましょう、柳さん」
「あ、あの」
礎は柳の手を強く引いて、その場を後にした。
「あ、ありがとうございました」と柳の声だけが残っていた。
「ふう。さて…」
軍人の左顔面には、大きな火傷跡。唇の下に一本の縫い目。首の血管二本にも縫い目が付いている。
一度見たら忘れないほどの痛々しさだった。
「崎下詠斗、だったか。アンタの名前」
この軍人は、詠斗のことを知っているようだった。そして詠斗も、この軍人のことを思い出す。
「玄森…漆さんですよね、貴方」
「俺の名前、知ってるのか」
玄森の目は、死んだ魚のようだった。全てを諦めているかのような表情で、詠斗のことを見ていた。
「俺が用があるのは、アンタじゃない。後ろにいるそこの女だ」
そういってゆっくり、サオリのことを指さすのだった。




