玄森との対峙
「サオリさん、に…?」
「へえ、そいつも『さおり』っていうのか」
迂闊に名前を口走ってしまったことを悔いる。軍の人間ならば、サオリに関することはあまり漏らせない。
桜井がどう動くかも分からない今、末端にも知られるのは非常にまずい。
「おい、こっちに来いよ」
玄森は乾いている目つきでサオリを一瞥し、ズンズンとサオリの方へ歩み寄る。
「ほえ…。お兄さん、怖い…」
サオリは後ずさりをして怯えていたが、そんな仕草を全く気にせず玄森は近づいて行く。
「エイト、怖い…」
サオリはたまらず詠斗の後ろに隠れた。肩を掴んだ手から、小刻みに震えているのが伝わってくる。
「怖がっているので、やめてもらえませんか」
「…お前は、そいつの何なんだ。答えろ」
玄森から嫌な威圧感が漂う。これはただの気配ではない。能力者が放つ渦だ。彼の特徴的な白髪が、いまにも吹き出しそうな能力の予兆で揺らめいている。
「サオリさんはどう思っているのか知りませんが…私にとっては唯一の存在です」
威圧感を受け流したいが、玄森から放たれている量は桜井以上だ。流石の詠斗も冷や汗をかいてしまう。
「エイトは、大切な存在。お兄さん、壊さないで」
「ほう…?」
サオリの言葉を聞いて、玄森は気の抜けたような声を漏らし、首の縫い目を摩った。
「あんたは、紛い物だったんだな。話には聞いていたが、実際の姿を確かめられただけでもよかったとするか」
玄森はそう言って、興味を無くしたようにくるっと背を向けた。
「玄森、とりあえずあいつら引き渡してきたよ〜」
先ほど老人を連れて消えたもう一人の軍人が、再びワープ機能で戻ってきた。
「ん?取り込み中?というか、そこにいる人二人、何だか変な感じがするね」
「紺野」
紺野という男はサオリと詠斗を一目見るなり何か違和感を感じたらしい。
「ごちゃ混ぜな何かと、生まれ変わり?のように芯のない魂。そんな感じがするな」
「行こう。こいつらは目的外だ」
「あれ、そうなの?」
「話して分かった」
「んじゃ、帰棟しますか」
玄森は言葉少なく紺野と会話をすると転送機能で軍の施設に戻っていったが、去り際の玄森の顔は一瞬、すごく残念そうな、詠斗とサオリを憐れむかのような不思議な顔をしていた。
「行きましたね。サオリさん、もう大丈夫ですよ」
「すごく、怖かった」
氷のように冷たい表情と死んだ目に、生々しい顔の火傷痕。悪い意味で記憶に残るだろう。
「あの人、心の中が黒い泥でいっぱい。触れちゃいけないくらいの泥」
玄森漆は50年前の大量殺人者。当時ほど無闇に殺さないようにされているのだろうが、それでも対峙した時に吹き出した能力者の気迫は全く衰えていないようだった。
おそらく政府に従順になるように設定され、人格をある程度書き換えているのだろう。
そしてサオリを見て何かを確かめようとし、<紛い物>と言ったという事は、恐らくオリジナル、白藤を探しているのだろう。
もう二度と会うことがなければいいのだが、と詠斗は内心考えていた。
「すごく悲しい心だったよ」
サオリは対象にした他人の心を判別できるのか、何回か玄森のことを気にかけるような素ぶりを見せた。
「会わないことを祈りましょう。さあ、帰りますか」
「…うん」
詠斗はサオリの手を、無表情のまま軽く握った。
サオリは、自分を大切な存在と言ってくれた。それは詠斗にとっても同じなのだ。
少し感情表現をしてみるつもりでそのまま歩くと、サオリは心を読んだのかすごく暖かい、嬉しそうな顔をして後をついてきてくれた。




